今年は多い小春日和


 茅ヶ崎に越してきてからおよそ20年経っている。その前には横浜緑区に10年、そのまた前が名古屋に4年で、その前は平塚に16年くらい、その前の3年くらいはよく判らないのだけれど(実家に行き母にきけば勿論判るのだが・・・)、最初は舞鶴京都府)で、そのあとに大聖寺(石川県?福井県?)だったのではないかな。更にその3年より以前は生まれてなかった。
 いつのまにか茅ヶ崎に住んでいた時間が一番長い。しかし十代を過ごした平塚が一番長いような気がするのは、そこで過ごした時期に生物的な成長期にあったから(自分の時間に対する変化率が高いから)なのかな。
 茅ヶ崎に20年も住んでいて、勿論のこと地元に対する愛着は持っている。そういうのはせいぜい二、三年住んでいた段階ですでにあったに違いない。というかもしかしたら数日で既にあったかもしれない。茅ヶ崎に引っ越してきて最初に茅ヶ崎駅から電車に乗り通勤した日の帰り、改札のところの人混みで私より年配の男性が聴いていたカセットテープのウォークマン(だったのだろうな1990年だから、あるいはMDももうあったかしら・・・)のイヤホンがその方の耳から、多分人混みの中で誰かに接触するとかして外れ、それが私の服だったかバッグだったかに絡まった。絡まったのに気がつかないまま改札を・・・当時は改札に駅員が座っていて定期券を素早くチェックしていたのだったかな・・・とにかくその改札を抜けたところで、その男性が私の肩をたたき、勿論正確に覚えているわけではないけど、例えば
「あの、僕のウォークマン・・・」
と低い声でつぶやくように言ったのだった。それで私はイヤホンに気がついて、立ち止まりバッグだったか服だったかに絡まったイヤホンを男に渡した(あるいは、男が取るのを待っていた)のだが、その男の態度が、それは勿論地域を代表した態度というのではなくその方の人柄ってことだけなのだろうけれど、すごくのんびりとしていて、あるいはゆったりとしていて、なんだかひどく感動してしまったのだった。いや感動などというのはおおげさなのかもしれないけど、初めて住む町からの初めての通勤で多分少しの緊張があったのだろうから、その態度にほっとしてしまい、そういう背景からして「感動」だったのだ。そして、そういうちょっとしたエピソードによって、この町はいいなあ、と思ったのだった。

 それから数年したころに、駅近くの理髪店で髪を切ってもらっているときに隣の椅子に来た二十代前半くらいの男が、理髪師に盛んに茅ヶ崎の悪口を言っているのに遭遇した。会社の社宅があるから茅ヶ崎に来たのだが、海は汚いし、中央公園なんてしょぼいし、こんな町には住みたくない、と力説している。理髪師は話を合わせて、私の子供のころには海もきれいだったけど、今はねエ・・・なんて言っていたが、多分その理髪師は、自分が小さなころから住んでいる町をけなされてむっとしていたのでだろうな。隣席にいた私はむっとしていたもの。

 それで、その彼が「しょぼい」と指摘した中央公園。いつもバスの窓から見ているだけで、そこに行くことなんてずっとなかった。子供が小さかったころには毎月のようにビニールボールとかバトミントンセットとかを持って遊びに行っていたけれど。 その中央公園のなんでしょうか?ケヤキとかナラとかなのかな、そういうバス通りから見える木々がきれいに色づいている、というより既に落葉激しくあと数日すれば裸木になってしまうだろう状況にあるのを見て、ちょっと時間の隙間が出来たので久々に行ってみた。それが下の二枚の写真です。バス通りからは見えなかったけど、奥の方には数本の楓の樹もあって、真っ赤に紅葉していた。例えば新宿御苑にあるような楓の「林」ではないから、それが壮観ってわけではないけど、逆光に光る葉っぱを見上げていると、やはり綺麗だなあと単純に思うのだった。しょぼくなんかないのだ!(下の二枚が中央公園です)

 隙間の時間が終わって妻と合流し、南口から歩いてタイ料理「チョークデイ」でタイスキを食べる。それからカフェODARAまで歩いて、珈琲を飲みながら、店にあった雑誌を何冊かめくったりした。誰かが薦めているCDを携帯電話のメール下書きをメモ代わりにしてメモって、妻に言わせればちゃんと別にメモ機能はあるらしいけど、いつもそうしていて不便ではないからそれでいいや。メモったアーティスト名をいま見返すとWILL OLDHAMとある。
 帰路、駅から自宅まで自家用車の助手席に乗っていて、とある信号でふと横を見ると近所の親しくしていただいているEさんご夫妻が手を振っていらっしゃった。

 上の写真は朝に散歩した養護学校近くの小さな公園で撮ったものです。多分、萩。冬を前にした小春日和を象徴するようなたたずまいで。
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