須田一政写真塾四月例会


 昨日、四月二十一日の土曜日は肌寒かった。気温に対してしかるべき服装よりも薄着で出かけてしまったので、始終寒かった。家を出て茅ヶ崎駅までは自転車をこいで行き、その自転車を市営駐輪場に預けて、茅ヶ崎駅から電車を神田まで乗り、須田塾に参加。早退して茅ヶ崎に戻ってきたら、昼よりもっと寒くて、自転車を忘れ、発車待ちをしていたバスに飛び乗ってしまった。だから、夜になって、セーターやコートを着込んでから駅に行き、ついでにちょこっと買い物をしてから、今度こそ自転車に乗って帰って来た。手袋までして。
 須田塾は先月を欠席してしまったので二か月ぶりの出席。三月と四月の写真から百枚ちょうど、百枚入りのインクジェットプリンター用写真用紙はがきサイズを買っておいたのをぴったり使い切ったので百枚ちょうどなのだ、金曜の夜にプリント作業をしたのを持っていく。
 須田先生はそこから二十枚をセレクトし、並び順まで提示してくださる。それからその二十枚の写真に関して、先生をはじめみなさんが感想を言ってくださる。それをいつも必死になって覚えておこうとおもうのだが、ふむふむと聞いている端から忘れてしまうようで、すごく悔しい。私の番が終わってから、携帯のメモ機能にあわてて覚えていることを書く。
「端っこを見ている方が、核心を見ているよりも、ディープ」
いまメモを見返すとそう書いてある。私の写真は端っこを撮っているという指摘だろうか。そういえば、子供のころに近眼の目でなんとか星を見分けようとしたときに、そのかすかな、私の視力で見極められるかどうかのぎりぎりの明るさの星の光は、そこを注視すると消えてしまい、ほかのどこかを見ているとなんとなくそこに星があることが判るのだった。核心に迫っていないことから想定や想起や妄想を喚起し、それが私ではない私の写真を見ている人の妄想ゆえに、自由に発展できてディープさを増すなんてことがあるのかもしれない。
あるいは、
「夢から覚めていくときのような感じがする」
とも書いてある。色の淡さを言っているのではなくて、ということも言い添えてくださっていたのは覚えている。夢というのは、とくに年を取ってくると、その具体的な詳細やストーリィを、まるで寄せてきた波があっというまに砂に吸い込まれるように忘れていく。その「砂に吸い込まれる」短時間とはいえ目で見えるその数秒を認識できるような感じで、覚えていないのに忘れていく過程が判ったりする。そして、なんで具体的な詳細やストーリィを覚えていないのかが不思議なくらい、そこから得られていた感覚のようなこと、嬉しかったとか悲しかったとか、その感覚の色合いだけはちゃんと残っている。ってみなさんも同じなのか?判らないけど。と考えると、私の写真が「夢から覚めていく過程」というのは「曖昧な具体性と明確な抽象性」といった奇妙さがあるのか。
 昨日須田先生が選んだ二十枚には、須田先生いわく「突然浮上してきた潜水艦みたいに見える」葉山の海の防波堤の写真や、実は松本さんの富士登山の写真に写っていた誰かが持っている日章旗をそこだけ接写した写真や、ライトアップされたしだれ桜を前にしたシルエットになった見物客の写真、などが混じっていたのだが、潜水艦と日章旗と桜、という被写体の選択に日本的な(それも戦時下の日本的な魂の象徴のような?)ことを感じるという感想もあって、それを須田先生と先生と同世代のFさんが、二人のあいだで感想の共有が出来ているようにおっしゃるからびっくりしてしまった。自分にはそんな視点はまったくないと思っているのだが。
 さらに、今日だけでなく、ずっと私が撮りためた写真を須田先生が選んできた数年分の写真は、そのときそのとき(の××)を金魚すくいのようにすくい取って集めた集積に違いない、ともおっしゃった。が、この××に相当するところがどういうことなのか謎かけのようでいてはっきりとは理解できなかった。そのまえに、人生は本当に一瞬でかさぶたのように蓋をしていく、とか言う話も出てきて、これは一人の誕生から死までの人生が一瞬、という意味ではなくて、人生をジグソーパズルのような「一瞬」の組み合わせで考えていたように思う。そして旅先でどこかの有名な観光スポットを訪ねたとかそういうことなんかもう全部忘れてしまっていて、それなのに、もうどこかも不明なとある旅先の町で誰かのいったささいな一言がなぜか鮮明に覚えているという話になっていった。だから××は『なぜそれが記憶されているか自分でもわからないような、普通は些細でつまらないような、だけど記憶に残っていること』ということかもしれないな、と帰宅するための電車の中で考えたりしたのだ。
 22日の日曜日、朝6時前に目が覚める。昨日須田先生のセレクトした写真を眺めているうちに、その写真の一部をさらに接写してみたくなり、そんなことをする。その接写の結果がこの三枚の写真です。上の日章旗はそんなわけで松本さんの写真の一部接写の写真の、さらに一部接写の写真です。

 読了「密林の語り部

 ニセアカシア発行所のブログ「ニセアカシア通信」http://pseudoacac.exblog.jp/に3号の松本作品のページ紹介をちょこっとだけ載せました。



密林の語り部 (岩波文庫)

密林の語り部 (岩波文庫)