チャスラフスカ


 先日、2020年のオリンピック開催地が東京に決まったころに、友人のブログで紹介されていた後藤正治著「ベラ・チャスラフスカ/最も美しく」をアマゾンの古本で購入して読了した。届いた本には赤と青の色鉛筆でところどころ書き込みがしてあった。誰かの名前とかに。それで最初はちょっとがっかりしたが、読み始めたらそんなことは関係なくて、夢中になった。

 ほかの人のいろんなブログなどに、この本のことが紹介されていて、そこには誰かが書いたこの本の「要約」がコピー転載されている。それをここに私も転載しようかなと思ったが、やめとこ。

 東京オリンピックのことはうろ覚えだが、テレビに映った競技の様子そのものを覚えているのは、女子バレーボールと男子マラソン。市川昆の(「こん」の字が違うかな・・・)映画は平塚の当時あった東宝の映画館で父と一緒に見たと思う。私は7歳だった。映画の中で、誰か短距離の選手の、スタートまでのあいだの緊張につつまれた準備時間の様子が撮られている場面があったかもしれない。そういう場面を覚えているのだが、そのあと一回も見直したわけではないので約50年のあいだにすっかり記憶が改ざんされているかもしれない。

 競技の場面よりも、テレビ放送を見たくて学校からずっと走って家まで帰って、裏木戸から家の庭に入り、廊下から上がってテレビの前に滑り込んだこととか、全競技のメダル獲得者が決まるとその選手の出身国の国旗のシールを貼っていくという選挙事務所のバラを付けるようなポスターがどこかから配られて、いや父が取引先からもらったとかかな、そういうのが家にあって、それでいろんな国の名前を国旗とともに覚えたこととか、東京五輪が始まる前の季節になにかのクイズの賞品だったのかな東京オリンピックの開催記念メダル(銅)というのが当選して郵便局の人が持ってきたこととか、そういうその期間に自分に起きていたエピソードの方を覚えていたりするのだ。

 だからチャスラフスカ選手が実際に体操競技をしていた場面は、見ていたかもしれないが記憶には残っていない。でもその名前はしっかりと記憶されていた。

 チェコの政治体制の変遷の中で民主化に賛同した署名を撤回せずにいたことでずっと不遇の時代を過ごし、その後は・・・といった社会の変遷の中で「翻弄された」というより「その荒海を生き抜いてきた」ベラ・チャスラフスカや、当時の多くの体操選手、あるいはチェコのその時代を生きてきた多くの人々へのインタビューをもとに構成されたこのノンフィクションは2004年の時点のチャスラフスカが鬱病で体調を崩していてその出口が見えない中にいるところで終わっている。読み応えのある、スポーツを核として、二十世紀の政治体制の変遷、人の在り方のそれぞれ、までを包括した本ですっかり飲み込まれてしまった。

 友人のブログを読み返すと、チャスラフスカは最近は元気になったようでなにより、といったことも書かれていたが、そんなことが書いてあったことはすっかり忘れて読み終わったので、もういてもたってもいられない感じで検索ソフトで「チャスラフスカ 近況」とかで調べてみる。すると数年前からすっかり元気になっていらっしゃるそうで、2011年だか12年だかには来日もしていて、そのときの様子もずいぶんとネット上に書かれていた。すでに過去になっている2004年までのことが書かれている後藤正治の本を読んで、そのあとの続きをネットでニュースなどを読んで知り、そこに安堵が生まれて、そのこと(いまは元気で復帰していること)で目が潤んでしまう。
 ノンフィクションとそこから先のニュースで「今」に至るこの女子体操選手の最新の状況までが「つながる」という体験が実に感動的でした。しかも本のあと、さらに先までを辿ると、今現時点ではとりあえずハッピーエンドで。

ベラ・チャスラフスカ 最も美しく (文春文庫)

ベラ・チャスラフスカ 最も美しく (文春文庫)