地獄めぐり


 佐内正史写真集Trouble in Mind のようなオレンジ色ですが、これはフィルター効果でも画像処理でもなく、別府鉄輪(かんなわ)温泉の血の池地獄です。思ったよりも見応えがあった地獄めぐりの観光バスツアーでした。

 朝、宿を出て、近くの別府タワーに上ってみる。200円でエレベーターに乗るとすぐに展望階に到着する。展望階と言っても16階だか17階だかの高さで、大きな都市ではこれくらいの高さのマンションに住んでいる人たちもふつうにいらっしゃることになる。そんなわけで建てられた1957年(私の生まれた年だ!)にはきっと「すごく高い!」自慢のタワーだったものがいつのまにか大したものではなくなってしまったのだろう。実は私は昨晩も宿で休んでいるという同行Mを残して一人でここに上ってみたのだが、そのときも今朝も、ほとんど客がいない。しかし別府湾が広く見渡せる。今朝は別府湾を右から左へ、たくさんのヨットが一斉に進んでいるのが見える。なにかのイベントでもあるのかな。別府タワーの展望室のガラス窓にはひびたあちこちに入っている。その日々に当たった日の光が乱反射して光の縞模様を作って水色に塗られた窓枠に当たり揺れている。壁にはこのタワーが出来た当時の写真が貼ってある。その写真をまた写真に撮ってみる。古い写真の持つパワーはすごいな、とあらためて感じ入る。

 タワーを降りて駅まで歩く。さてどうするか?観光所に行って地獄めぐりについて話を聞く。休日なので駐車場は混んでいるから観光バスがおすすめだと言う。路線バスで乗り継いで行くことも可能だがあまり薦められない様子。すなわち各地獄の入場料を加味すると、さらに帰ってくる時間を守ろうとすると、観光バスが一番効率的でリーズナブルな値段だと言うのである。観光所のおばさんおじさんは、もうそれしかない、さあそうしろ、という感じで若干高飛車に思える。その理由は、こちらが事前情報不足でそもそも地獄めぐりというものがどういうものか把握していないままなのに、向こうは当然そんなことは知っているという前提で答えているところにあるのではないかと。
 それぞれの地獄は入浴施設なのか?とか、一か所の入り口で全部みられるような施設なのか?とか、それぞれそうではないわけなのだが、そこからしてよく判ってないまま聞きに行くから、彼らのお薦め通りに観光バスに乗るのが得策なのか即判断できない。すると、決めないこっちにイライラするのか高飛車な感じがにじみ出る。
 結局は昼過ぎには戻ってきたいという時間制限も考えると、観光バスの選択は正しかったと思います。
 動物園に行けば、檻を巡って(檻と言う言い方がイマイチなのなら動物舎でもいいですが)順に動物を見物する、その動物が地面の下から湧き出ている温泉(ものすごく熱い源泉)だと思えばわかりやすい。動物に多くの種類があるように、温泉の色や大きさや粘土や煙の出方、あるいは温泉の波立ち方とかも、違いがあって、だからそれを順繰りに見て回るのである。ただ、動物園と違うのは大抵の地獄(温泉が噴き出している場所)は一つの入場で一つの地獄を見るのである。もっとも有名な血の池地獄を見るには血の池地獄の入場料を払い、お土産屋さんを抜けて向こうに出ると、動物園同様中に落ちないように手すりがめぐらしある中に、上の写真のような高温で赤い温泉の、簡単に言えば「池」が見られるわけであり、それが共通入場券みたいなのもあるのかもしれないが、海地獄とか山地獄とかほかにもいくつも歩いて回れる範囲に固まってあるのだった。中には温泉の熱を使って小さな水族館やワニ園があるところもある。それぞれが似たようなものだとなんてことはないが、血の池地獄の赤と、海地獄のきれいな青と、鬼石坊主地獄の灰色でどろどろしているのには大差があるから、へえーすげえ、と感心できる。ほとんどの地獄は沸騰に近い温度だと思われる。だからこの源泉を生活に使うためにどう冷やすかに工夫が必要だったというようなバスガイドの解説もあった。動物園で柵から中に落ちるとライオンに食べられてしまうが、地獄で中に落ちれば即刻熱湯でゆでられてしまうからまさに地獄というわけだ。
 鬼石坊主地獄の案内板には、明治のころに観光地化される以前は「地獄は田畑のところどころに点在し、熱泥により稲が育たず、人々の暮らしが出来ないまさに地獄の土地だった」と書かれている。続いて「その奇異なる自然現象が人々の関心を集め、見物客があぜ道を歩いて見て回る地獄見物がはじまった」とあり「明治43年に入場料2銭で海地獄が地獄見物を(有料施設として)始めると、続々と地獄見物のほかの施設もオープンした」と説明が続いていた。田畑のところどころに赤かったり青かったりする熱湯がぐつぐつと噴き出る池が現れるという光景がどんなだったのかなと思いを馳せてしまう。
 観光バスには30名ほどが乗っている。こんなに大勢が乗るのは滅多にないとバスガイドが言う。数人のこともあるらしい。それでも誰もはぐれずバスガイドのあとをなんとなくぞろぞろと付いて歩く。牧童犬に制御されている羊の群れのような観光バス客なのである。小学校低学年くらいの子供はせいぜい二つか三つ廻ればもう飽きてしまっている。ガイドが次はワニがいる、ピラニアがいる、と言って興味を失ってぐだぐだしている子供を奮い立たせるが、快晴の空の下ワニは全く動かずにごろんとそこに「いる」というより「ある」のだ。中には口を開けたままじっとしているワニもいる。子供は動かないワニに茫然としている。思い描いた荒々しい動物はそこにはいないわけなのだ。

 別府駅まで戻り駅近くの人気店らしき活魚「とよ常」で天丼を食べる。それから別府市内をぶらぶらするがアーケード街の店は日曜日でもあるのか閉まっているところが多く閑散としている。和菓子の塩月堂でザボン漬けを試食し、ゆずまんを買う。その近くには日本最古の木造アーケード街という通りもあった。早めに駐車場に戻り、大分空港で二時間ほど、夕食を食べたり土産を買ったり。羽田までのフライトではずっと夜景がきれいに見えました。