神田古本まつり


 2004年から2012年まで須田一政写真塾に通っていたが、その会場は、神田須田町の老舗の和風喫茶「竹むら」の二階→日本橋に当時あったギャラリーPGI→神田珈琲園二階と変わって行った。竹むらに毎月行っていたのに、その近くにカレーの店「トプカ」があることは気が付かなかった。今日あたり、神田の古本まつりをやっているんじゃないか?と土曜の夜にネットで調べたら、大当たりだった。そこで行ってみることにして、どうせなら神田でカレーを食べようと思い立った。しかし調べてみると日曜日は定休の店が多い。
神田神保町茅ヶ崎から行くにはJRと地下鉄を乗り継いでいかなければならない。それが面倒だ。天気も好天だし、乗り換えが一度で済むJR神田駅から写真を撮りながらスポーツ店街を越えて、古書店街までぶらぶら歩いて行くのがいいのではないか。それでカレー店の候補検索を神保町からもう少し広げたら、上記の「トプカ」があり、日曜日もやっていることが分かった。インド風のチキンカレーであるムルギカレーを注文する。結構辛い。辛いのに負けないように、最後にカレールーだけ残らないように、意識的にライスを食べる量を減らして、頑張ってカレールーを多目に食べて行ったら、最後はライスが残ってカレールーがほとんどなくなってしまった。この店は入店するとまず注文し代金も払う。私はネットで事前に調べてあったので、なんだか「たたらを踏む」ような勢いで、店に入るとすぐに「ムルギカレー」を注文してしまったが、私のあとに入ってきたお客さんは、みんな「何にしようかなー」とメニューを見て考え始める。すると店の方が、
「辛いのは平気か?ムルギは辛いから、辛いのが苦手な人はやめるべし」
と必ず注意喚起をしているのが聞こえてくるのだった。辛かったけれど、美味しかったので満足。

 それから神保町まで歩く。アサヒカメラの月例モノクロ部門の選者を須田さんが担当していたのは、1993年から95年のあいだで、その選択の視点が際立って個性的(常識破り)だったことはなんとなく聞いたことがあった。土曜日にニセアカシア仲間の伊藤さんが、ブックオフで93年94年のアサヒカメラがたくさん出ているのを買って須田さんのコメントを読んだ感想として、須田塾で須田さんが言いたかったことはすべて書いてあった、と言った。それで私もそのころのアサヒカメラを読みたいと思う。なので神田神保町ではこのアサヒカメラを見つけたら買おうと思っていたのだが、結果は3時間くらい古書店を次から次へと歩き回ってもアサヒカメラを一冊も見かけなかった。
 古書店に行くときに、買いたい本が具体的にあってそれを探す、という行為をしても大抵は見つからない。欲しい本が具体的にあるときには、ネット古書店で検索した方が確実だろう。古書店めぐりは、本との一期一会でふと見つけた本を手にして、それがなにか自分の心のなかで「買って、自分のものにしようじゃないか」という閾値を超えて購入する方が楽しいとは思う。そう思うのだが、結局は欲しい本が具体的にあって、それを一生懸命探すことが多い。でもこれでもいいのだと思う。そういう風に探していても、その本自体はなかったけれど、その著者の別の面白そうな本があった、とか、その分野ですごく欲しい本に出会ったとか、そういう偶然を楽しめばいいのだ。具体的な書名ではなくても、ある著者の本を集めるようなことならば少し範囲が広いから発見確率が増して、ときどきは本が見つかることがあってそれが嬉しい。私は、三十代後半くらいには赤瀬川原平尾辻克彦)の本を集めていた(いまほどメジャーではなかった)。四十代前半から田中小実昌の本を集めていた。四十代後半には小島信夫の本を集めていた。最近は強い意志を持って集めているわけではないが、上林暁なんかの本があると大抵は棚から引き抜いてぺらぺらとページを繰って値段をちらっと見たりする。あまり意識していないうちに永井龍男の本などはだいぶん集めてしまった。集めたと書いているが、もちろん一生懸命買った本は読んでいる。読んではいるが、これまた積本タワーも構成されていく。本好きの人はたぶんみんなそうで、共感してもらえるのではないか。
 アサヒカメラはなかったけれど、一方で最近亡くなったということを友人のブログで知った飯島耕一の詩集を手にしてみたりした。いくつかの書店の詩集の書棚を見ていると、50年代の北園克衛の本があったりでちょっとどきどきする。
 古書店めぐりも最初はぎこちない。どういう風に店をたどりどういう風に本棚を見て、どういう風に本を書棚から抜くか。「どういう」というほどのこともないのだが、要するに浮き足立ってぎこちない。それが三軒、四軒と見ているうちに、どういう風に、が消えて言って、こういう風に(すればよい)、になってくる。

 こんな風に人ごみを抜けながら、歩道に並んだ出店の古書屋台と古書店とを順繰りに見ている途中、須田さんに偶然会う。「あっ、須田さん」と声を掛ける。「ウオッ、びっくりしたー」とおっしゃる。フジの645のフイルムカメラを持って、ゆっくりとまわりを見回しつつ(パトロールのように)歩いていらっしゃる。しばらく遠くから見ていたが、そのあいだには、シャッターを押す光景はなかったようだった。
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 あたりが暗くなると、屋台の裸電球の光がきれいなのだろうな、と思いつつも、歩き疲れてしまい、その時間を待てずに帰りました。