住宅街の写真の6:7の相性


 
3月29日の日曜、母がこの1月からお世話になっているホームの懇談会に出る。運営状況や増税対応の話、暮らしぶりの報告、などを聞く。母や妹と雑談したあとに、カメラ、そのときはコンパクトデジカメを首から下げて、茅ヶ崎の自宅まで歩いて帰った。7~8キロメートルくらいだろうか。いつものように、大体の方向を逸脱しないことを前提にしつつ、かつ、十字路があると、直進と左折と右折の、それぞれの路の先に見えている風景から、進むべき路を決めていく。右に花盛りのミモザがあれば右折し、左に古びて蔦が這う倉庫があれば、左折し。中学校の校庭ては、野球部の練習。真っ赤なシャツと真っ白のパンツのユニホームが、白っ茶けた土を背景に走ったりバットを振ったりしている。それが春らしい。春にその風景を見ていて調和を感じるから春らしいと思うのかな。プロ野球のシーズンが始まった頃という繰り返す季節の、春に新シーズンが始まるということから季語のように野球イコール春らしいのか。いや、夏休みに野球部の練習を見れば、プロ野球は佳境だし、高校野球もあるから、夏らしいと感じるに違いない。冬にも、野球部は「冬なのに」赤いユニホームを着て、へーい、とか、どんまい、と叫びながら練習を積んでいるのだろうか?そういう強豪校の横を通ると、冬らしいと感じるのか?それとも、冬なのに野球やってて驚いた、と思うのか。その中学校の近くに住むとか、何年かその中学校で働いているとか、そういう風に暮らしの身近に野球部の繰り返す一年のスケジュールがある、という人ならば、吐く息が白くなった野球部の練習を見て、冬らしいと思うのだろう。でも、それは、その人という個人とその中学校という個別事情が背景にある、らしさ、で、世間一般の誰でもが感じることとは違う。暖かくなり、桜も咲き始め、厚いコートは不要になり、プロ野球も始まり、何しろいまは春休みで来週には入学式。そういう春に起きたり行われたりするいろいろなコトの中に、野球部の練習の声や様子は、すんなり受け入れられ収まる。調和する。そんなことから、野球部の練習を春らしいと思うのだろう。というようなことを、散歩の途中に、中学校のグランドで行われている野球部の練習を見たあとに、たらたらと考えてる訳ではなく、あるいはこの文章を書くにあたって書こうと思いついてもいなかった。この文章を書きはじめたときには、タイトルに書いたような、住宅街の写真と6:7の相性のようなことを書こうと思っていた。
住宅街の道を気紛れにたどり、こんな風な古そうなアパートや、三角屋根が重なるような作りの一般住宅の築30年築40年かを経ている建物、空き地の緑やサボテンの鉢が玄関先に積まれていて、冬にはそういう鉢植えが霜にやられないためにビニールで覆われた簡易温室(別名、サボテンアパート)、そんなところにカメラを向けてしまう。カバーの被った車だけでなく、カバーの被った自転車も、形が面白い。サドルカバーも写真を撮りたくなるものが、ある。個人住宅の庭も、これもどういう分類が写真を撮りたくなるかならないかの区別の理由になっているのかわからないが、撮りたくなる庭がある。それらの撮りたくなるところと言うか場面は、総じてそれぞれが新品だったときから長い時間を経ていることが多いのだろう。
数日前に、1990年代に、その頃はフレックスタイムだったのだが、なるべく早くに会社に出社し、その分仕事をまだ外が明るい昼間の間に早くに終えて、あの頃は、横浜のカメラの木村のジャンクカメラの投げ入れられた篭から拾いだし、確か1500円で買ったオリンパス35DCを使っていたのだが、そいつを持って通勤経路の途中にある駅に下車しては、写真を撮った。トライXか、T-MAX400フイルムを入れていた。カメラはジャンク篭にあったのに電池を入れてみたら動いたのではなかったか。あるいは、精密ドライバーを使ってばらしては、ファインダーのごみを拭いたり、レンズの黴をクリーナーできれいにしてたら、何が効いたのかはよくわからないのに動き出した。でも、そのうちにこのカメラは、どこかから、少しだけ光線が漏れ混むようになってしまい、フイルムのヒトコマの右側3分の1あたりに左右を分かつ直線の境界が出来て、それを挟んだ右と左で露出が違うようになった。差は多分、3分の1段程度だったが。それで遮光用のテープや、スポンジをあたこちに貼り付けたが治らなかった。というカメラのことはともかく、その頃も今も、街角スナップで撮るところは、前述したようなもので、最新鋭のぴかぴかなビルやら車、電車、ではない。先日、その頃に撮って、自宅の、夜になると電気を消しさえすれば真っ暗になる玄関前の廊下の始まるスペースにラッキーの70型の引き伸ばし機を置いて引き伸ばした写真を、スケッチブックに貼り付けて「街はいつも通り」なんて言うタイトルを付けて作った自作写真集を整理のついでにながめたら、ほとんど全ての写真に写された街角の様々な場面が、いまはもう新しく変わって見事に無くなっていることに気がついて、笑ってしまった。あまりにもはっきりしていて。
でも、街行く通行人をスナップするときには、若い女性が颯爽と歩いて行くところにキョロキョロと目が行き、お年寄りを撮りたいとは思わない訳だから勝手なものだ。
「街はいつも通り」というのは、山下達郎大貫妙子がいたシュガーベイブのアルバムに入っている大貫妙子の曲の名前からとった。そのスケッチブック写真集に貼って、いまは無くなった被写体が何かと言えば、例えば、茅ヶ崎の駅の近くにある厳島神社のすぐ前にあったほづみ書店という古書店。この厳島神社前の店はずいぶん前に無くなった。そのあとも駅南の茅ヶ崎小学校のそばにあった本店(?)は、つい昨年までは営業していたが、いまはもう店じまいしてしまった。おじいさんがラジオを聞きながら店番していた。本店では、田中小実昌の「みなとみなと」を買ったことがある。古書は、アマゾンなどのネット販売で欲しい本を買うときと違い、特に欲しい本がなくても店に行き、そこで手にして欲しくなった本、店頭ではじめて知った本との出会いが楽しみだ。あとは、この十年か二十年前の私のように、とある作家の著作を集めていて、このときは田中小実昌だったように、それで店頭でその作家の知らなかった本に出会うのも楽しい。リキ入れて、今日は田中小実昌の本を捜しに新保町に行くのだ、と頑張るよりも、何かのついでに古本屋にめぐりあい、めぐりあったから、あてにもせずに一応は書棚を眺めましょう、という緩い感じで見たときに、そこに知らない田中小実昌の本がある、そういう出会いがいい。釣れないのが大前提で日向ぼっこや、ぼんやりするのが目的の日曜の昼間の下流の川釣りで、期待もしてなかったらなにやらかかって浮きがピクピク引いているなんて感じ。当たらないと悔しい、ではなく、当たればラッキー、の方。
無くなったほづみ書店のほかに、茅ヶ崎駅東海道線下りの線路、十五両編成の八号車あたりが止まる付近に線路に添って建っていた囲碁クラブの建物の写真、川崎駅の南側にあった東芝の工場や、京急蒲田商店街にあったプラモデル屋のショーウインドウに飾られた飛行機の模型や、茅ヶ崎の北口のいまはモスバーガーがあるあたりにあったレコード屋の入口のビクター犬の置物の写真も。見事にすべていまはもう無い。
ということから推測するに、私の住宅街や商店街を歩くときの、被写体選択の視点というのかな癖というのかな、それが変わっていないとしたら、3月28日土曜の午後に平塚某所から、茅ヶ崎の自宅まで歩いた途中の、ほとんどはずっと住宅地の細い路を辿ったのだが、その途中でカメラを向けてしまったところは、それを意識していなくても結果として、総じて時間を経て古くなり、もうすぐ無くなることを予感させるところだったに違いない。
この前、上野駅発の最後の定期運用のブルートレインが走って鉄道ファンがカメラを持って大勢駆けつけたという記事があったな。101系電車もどこかでラストランだとか。ジャンボ機も。明日からもう見られないのが決まっているラストランやラストフライトを撮るのは、もう二度と見られない姿の視覚記憶が薄れないように、正しく正確に保ち、その先には、よく言う「思い出を忘れないため」と言うほんとうにそうなのかわからない、屁理屈かもしれない理由が予定通り控えている。ラストランやラストフライトを撮るのは、田中小実昌の本を買うんだと決めて勇んで神保町に行くようなことで、もっと長い暮らしの時間の中で何年かに一冊、たまたま出会った田中小実昌の本を買っていくのは、ラストランやラストフライトがいつかはわからないものの、いずれいつかは無くなる運命であることは充分にわかっているから撮っておく、ということに近いかな。あまりにも強引か。
しかし、撮っておくとは言え、いずれ無くなるから撮っておくということが撮る理由だとするのでは不完全で、そのもっと前段階には、そこを撮りたいと思う動機があるはずだ。無くなるとはいえ、無くなることに何も心が動かない、というか、興味の無いコトやモノや光景を撮っておこうとは思わないのだから。
では私が「街はいつも通り」と名付けた写真や、土曜日の散歩で撮った写真の動機はなにか?総じて古びていてもうすぐ消えるということが予測できるから、では何故、もうすぐ消えるということが予測できるものだと撮っておきたくなるのか?それは、消えて欲しくはないが、消えることが仕方ないからせめてと思うから。ではなぜ、消えて欲しくないと感じるのか?それは、好きだから。ではなぜそれが好きなのか?と堂々巡りのなぜなぜゲームみたいだが、もしかしたら、結局のところ、懐かしいと感じられるとか、自分思い出をたどるきっかけになるからとか、そういうことではないのかな。
そもそも、このなぜなぜ分析では、もうすぐ消える、ということを被写体選択のスタートに置いて分析しはじめたが、前述の通り、そんなことを全面に意識して被写体を選んではいないのだし。だから、多分、もっと意識的でない無意識なところで、自動的に選ばれる被写体の、その自動選択の理由が、懐かしさ、というところにあるのではないか、ということだ。
人が、懐かしいと感じるのは、どれくらい昔のことなのか、というのも面白い。日々成長している子供は、数ヵ月前の自分と今の自分で身体も心も、成長の結果として変わっている。だから、一年や数年前のことを、懐かしいと言う。テレビでもそんなことを言っている場面が映るコトがあり、子供が既に懐かしいなんて感じてることに、こまっしゃくれてるとか、子供らしくないとか、場合によっては生意気だとか感じるときもある。が、実のところ、成長している彼等には、大人からしたら、懐かしいとは言わないくらいちょっとだけ前のこと、数ヵ月か数年前のこととかが本当に懐かしいんだろう。だけど大人はもう、その程度の時間では、自分はあまり変わらない。変わってなければ懐かしいとは感じない。なので、40、50、もっと年齢を重ねた大人たちは「大人に近い年齢で、でもまだ成長していた「あの頃」がいちばん懐かしい」と感じるのではないか。もっと端的に言えば、一番一般的な懐かしいなぁと感じる頃は、ハイティーンを中心とした十年間くらいの間で、その頃を思い出していると特に顕著に、懐かしさが発生しているって感じかな。中年老年ともなると、青春の頃がやたらと懐かしい。なんだ、こう書くとよく当たり前に言われているだけのことを追認したってことか。
さて、だとすれば、すなわち被写体選択の基準が懐かしさで、懐かしいと言う感情が、ハイティーンの頃に縛られがちなんだとすると、私が住宅街の路上から探しだしてカメラを向ける被写体は、私がハイティーンの頃に普通にあったモノやコトや風景ってことになる。それだから、結果として、どんどん消えるのは必然と言える。なんて被写体の選ばれる背景を類推したが、どうだろうか?被写体選択の基準が懐かしさであり、懐かしさという感情はハイティーンを振り返らされるときに顕著に発生し、街を形づくる建物なんかの寿命は30年とか長くても40年で、以上から40代50代のおじさんおばさんが街角スナップするときに撮る主要被写体は、ちょうど消え行くところと合致してしまう。と言うのが仮説、というわけだ。

ワイド端の銀塩換算焦点距離が24mmとかの広角だと建物は、正しく正対しないと歪んで写る。ホリゾンタルにカメラを構えないと、少しでも仰角があると、バーチカルな線は歪む。上に行くほど先細り平行なはずの線もハの字や逆ハの字になったりする。この上の写真も画面の右の方の線は逆ハの字に傾いている。ホリゾンタルに構えずに、カメラは少しだけ下を向いてしまった、その結果だ。24mmのワイドで、縦横の線を正しく写すのは難しい。そんなことはどうでもいいじゃん、と言う価値観もあるし、そういう作法を守れていない時点でもうダメです、この写真は失敗です、と断じる価値観もある。まぁそんなことにはたいしたこだわりがない私が、5年か6年前に京都の同時代ギャラリでのグループ展で出したのは、Newマミヤ6に主に50mmのワイド(6×6の50mmだから広角)で、ときには75mmの標準で撮った同様の街角というか住宅街スナップで、カラーのネガで、晴れている日ばかりで、人は写っていない。ある日、60才かもっと上の眼光鋭いおじいさんのお客さんがやって来た。おじいさんは、私の写真の、そういう縦横の正確さがラフなところが気が食わない。写っている被写体にはどうやら共感してくれているらしいが、写真への残し方の気配りに精度がないのか惜しい、そう思ってくださったのだろう、それでもって何十分かずっと文句を言われた。そんな細かい技法より写ってる写真からなんか感じてよ、と言いたいが、そういう作法の重要さも分からないでもない。
なので、そういう目で見ると上の写真が作法から破綻してるのが、気になってしまうが、それはさておき、この写真は3:2の縦横比というか横と縦の比で撮った。それでまたここのところずっと感じているのが、正方形で写るマミヤ6や、そのあとの時期に4:3の縦横比で、すなわち一般的なコンデジの設定で撮っていた住宅街の写真に比べて、最近自分が撮る写真の、自分自身が撮った写真を気に入るヒット率みたいなことが、ひどく低くて、気に入る写真が殆んどないと思えることだった。上の写真も3:2では、もっと左側が写ってる。そのトリミング前の3:2の写真はどっちかと言えばつまらない。いや、この写真を見る方は、上の写真だってつまらない、かもしれないのだが。ま、わたしとしては、相対的に見て、3:2からこの6:7くらいの横には寸詰まり感のある縦横比にトリミングしてみたら、少なくともこの写真は、少しは良く見えるようになったと思った。
写真の縦横比と被写体の相性って、ものすごく重要なことに違いないのに、あきれたことに私はいままで意識したり痛感したことがほとんど無かった!この写真をトリミングしてみて初めて、こんなに違うものか!と実感したのだった。
という、最後に書いたような縦横比に関してのことを書きたかったのが、この文章を書くにあたっての構想だったのだが、ほとんどずーっと脱線してました。

おまけに、この文章には辻褄が合わないところがあることに自分でいまやっと気が付いたのは、1990年代後半に撮った、街はいつも通り、という名前をつけたスケッチブック写真集の写真は
正方形でも6:7でも4:3でもなく、ここで街角スナップには向かないみたいに書いた3:2なのだ。なーんだ、こんなに長々書いてきて、最後に矛盾に気が付いた。トホホ。