ホテルをチェックアウトし、地下鉄で京都駅へ。雨がまだ降っている。しばらく駅の回りを、改札口で誰かを待っている人たちや、駅前で京都タワーを背景に最初に記念写真を撮る人たちや、何やら難しい顔をして通り過ぎる初老の男を見ていた。どこかへ行くあてもないし、帰る電車を早めてしまおうか、と思い始めたところで雨が上がって雲の切れ間から日がさし始める。そういう空の様子を見ていたら、もう少し京都の街を歩いていようか。荷物をコインロッカーに入れて、とくに目的地が定まっているわけでもないのだが、烏丸御池まで地下鉄に乗る。
高倉通りを上がり、二条通りを東へ。途中、レティシア書房は開店前なのかすでに年末年始休業なのかいずれにせよ開いていない。月と六ペンスもすでに年末の休業。ビブリオティックハローもお休み。それでもどんどん歩く。一昨日に立ち寄った三月書房にまた立ち寄る。店主と常連客らしき人が吉本隆明の本について話しているのが聞こえてくる。十月ころに、数年前のNHKの番組を録画したまま見ていなかった吉本隆明の「最終講演」を見たことを思い出した。誰かとの会話ではなく、言葉に出ないにしても心の中に浮かんだり、独り言でつぶやいたりした、そういう消えている言葉について話していたようだった。もういちどあのDVDを見てみようかな。一昨日に古書を買った100000tアローントコも今日はもう休日に入ったようだった。
いよいよ晴れてくると、雨上がりの空気とあいまって街はいつも以上に明るく美しく見え始める。もう一昨日から毎日たくさん歩いているので足の筋肉が痛くなった。それでも歩く。そうだ、平安神宮に行ってあの白い広大な敷地を歩く人々でも写真に撮ろうか。地下鉄も利用せず、バスも乗らず、歩き続けるのだった。
この日は夕方に、何度か雑誌等で紹介されているのを読んだことがあったが、入ったことはなかった「直珈琲」にも寄ってみた。壁に一輪挿しの花が一つだけ生けてある。狭い空間にカウンター席のみ六席。どこかのラーメン屋で偏屈なおやじがいて、余計な注文をしたり何か質問したり、残してしまったりすると怒られてしまう、そういう店があると聞いたことがある。直珈琲の店主は若くてたぶん気さくで、誰も怒ったりするわけではない。事実、常連らしき方とは普通にしゃべっていた。にもかかわらずどことなくぴりぴりした感じが漂う。襟を正して感覚を総動員して珈琲を飲む(飲まなければいけない)感じになる。いや、私は初めてだったからそう感じただけなのか。そのときに客席を構成していた他の五人の方達の構成(みな無口な、もしくはひそひそ声で話す方々だった)がその場の空気をそう作っていたのか。いずれにせよ、他にはない空間の珈琲店だった。
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さて「鵺(ぬえ)」のことである。もう帰るために地下鉄の駅に向かっている、夜になった時間。綾小路通りを歩いていたら小さな「神明神社」という場所があった。そこにふと立ち寄ってみたら、神社の解説が書かれた立札に「鵺」のことが書いてあった。置かれていた「新明神社について」から転記すると
『当社の宝物に「やじり」が二本伝わっている。社伝によると、近衛帝の時、頭は猿、尾は蛇、手足は虎の「鵺(ぬえ)」という怪獣が夜毎空に現われ都を騒がせた。これを退治せよとの命を受けた源三位頼政は、神明社に祈願をこめ、みごと怪獣を退治したその御礼に奉納した弓箭である。当社が厄除け・火除けの神と言われるゆえんである。』とある。
鵺と聞けば、こういう怪獣のことを言うということはなんとなくは知っていたが、それを知ったきっかけは、1990年代だったか、月刊のカメラ雑誌に写真家の楢橋朝子が「鵺」というタイトルのシリーズを連載したことだった。楢橋朝子の写真集の解説には『鵺とは「頭はサル、胴はタヌキ、足はトラ、尾はヘビ」という架空の生き物のこと。 ありえないものを探す旅は、そのまま写真との出会いの旅となる。』と書いてあった。
「写真との出会いはありえないものを探すこと」ということはちょっと考えないと、すぐに手を打って「そうだ!」という風には腑に落ちない。
29日。ホテルチェックアウト→地下鉄で京都駅、コインロッカーに荷物を入れる。→地下鉄で烏丸御池、散歩開始。→二条通りで11時に「なんか、トンカツを食べたいなあ」と思って歩いていたら、ちょうど右側の野菜バルの店がランチタイムで店を開けたところで、聞くところによると、夜には野菜バルになる店を借りて昼だけトンカツ屋をやっているとのことだった。早速入り、ロースカツ定食を食べた。→三月書房→ずっと歩いて平安神宮→うどんの岡北に行ってみるがものすごい列で諦める→近くのバス停から祇園→八坂神社→カフェ・オパールで珈琲→スナップしながら歩き回る→午後3時前、祇園の「おかる」で、のっぺいうどん→スナップしながら歩き回る→直珈琲→地下鉄烏丸四条までまたまた歩く。途中で新明社に立ち寄り鵺の話を知る。→四条から地下鉄で京都駅→新幹線、京都発18:33で帰る