白石ちえ子展


この文章は7月4日のところに載せますが、書いているのは7月8日の朝で、しかもこれから書く白石さんの写真展を茅場町森岡書店に観に行ったのは6月末の月曜日のことです。もう会期は終わってしまったから、もし、この文章を読んで森岡書店に白石ちえ子展を観に行こうと思った方がいたとしても、もうやっていません。あしからず。さらに、私もニセアカシア発行所展で二回ほど自分の写真を展示させてもらったことのある茅場町の井上ビル三階にある森岡書店は、この白石さんの展示をもって終了するそうです。銀座に移転のようです。又聞きなので詳しくはわかりません。
白石さんの、雑巾掛けと言うそうです、昭和の初め頃にアマチュアカメラマンに流行した、銀塩バライタプリントをオイルに漬け込んでから雑巾で擦ると言う、それだけ聞くと染め物を思い浮かべてしまいます、そう言う手法で作られた作品の展示会。昨年、大田区鵜の木の「蓮の花」(正確にはローマ字表記だったかな、その名前の)ギャラリーカフェでも、その前にも谷中のカフェ「谷中ボッサ」でも雑巾掛けの展示を観ました。今回は作品数も多く、写真集「島影」の出版もあり、森岡書店のあの「感じ」との相乗効果も加わって、今まで同様に、いやそれ以上にその世界にひきこまれました。
ひきこまれる、なんて安易な書き方だな。やっぱり過去に向かう力があるのです。手法が古いから、と言うより、その手法で作られる暗くてくぐもった画像を、やっぱり最初はそこに何が写っているのだろうか?と見極めたくて近付く、そして、写っている砂浜と電信柱や、街並みと丸い山や、ひまわり畑から、どどっと過去へ引っ張られる感じ。とでも言えばいいのでしょうか。ひっそりと日記のなかに書かれたまま忘れられた思い出が、自分で書いた自分のことなのに、十何年かあるいは何十年かあとに読みなおすと、半分は知らない誰かの物語になったように、反対に知らない誰かが書いた日記を読んでいるのに半分は自分の過去のことのように、そんな感じ。
モノクロのネガフイルムに何が写っているかを、空や、窓明かりや、天井の蛍光灯に透かせて確認する。反転した像だからどんな写真に写っているのか、はっきりとはわかりません。反転確認したネガから想像して、これは良く写っていると期待したものをいざプリントしてみるとがっかりすることが多々ありますし、ネガではわからなかった面白さがちゃんとプリントして初めてわかる場合もあるのですが、その反転像よりも少しは正確に写った写真が見極められる方法としてネガの裏面(ベースの滑面ではなく粒子の並ぶ側)が表になるように黒いものを背景にして持ち、そこに明るい光を当てる、そうすると上手く行けばネガの反転像ではなく、反転していない写った写真が、決してきれいに正確にではないですが、垣間見える。その垣間見えた像のような感じを、白石さんの雑巾掛けによるひまわり畑の写真を見て、思い出しました。
この手法が流行った昭和初期に、昭和初期か「今現在」だったアマチュアカメラマンたちは、やっぱりその時点での彼等の思い出や過去へ、ときには具体的な過去ではなく、漠然とした過去と言うことの印象へと、連れていかれたに違いない。そう思いました。
小学生の頃、キャッチボールや三角ベースの草野球をして遊んでいたとき、それが夜の来るのが早くなっていく秋の季節だとすれば、あっという間にボールが見えなくなる。誰かはまだなんとか見えるのですが、私はもう見えない。すぐに誰かの方もボールが見えなくなるのです。それで仕方なくキャッチボールや三角ベースの草野球はおしまいになります。空はまだ真っ暗ではなくて、家々の屋根の形の不揃いなノコギリの歯のようなでこぼこがシルエットになって見える。そのときの私がどういう感情でいたのかはよく覚えていませんが、そのときの光景が思い浮かびます。これは記憶の映像なのか、記憶が作り出した映像なのか。私はもう少しだけ近眼になっていて、でもそのことには気が付いていない。とにかくみんなより早く、ボールが見えなくなるのでした。暗い空間から不意にボールが現れるのでした。
例えばこんな風な過去に、白石さんの写真を入り口にして連れていかれる。

上の写真は白石さんの写真とは関係ありません。宇都宮の大谷資料館にある地下の大谷石採掘跡です。