手招き


26日、月曜日。がん検診。例年、胃カメラ検査をしていたが、まわりに何人も、大腸に問題が見つかった同年輩がいることもあり、今年は大腸内視鏡検査を申し込んでおいた。
がん検診は、いつも都内のとある病院に決めてある。胃カメラにせよ大腸内視鏡にせよ、私の場合「うとうとします」と説明される検査中は、うとうとどころかまったくなにも覚えていないのである。目が覚めるとすでに検査は終わっていて、回復室とでも呼ぶのかな、薄暗い、カーテンかあるいは簡易ボードだったかいずれ仕切られているベッドが六つくらい置かれた部屋にいるのだった。
仕切られている、と書いたが、ベッドの足元側は開放されて、ドアがあるわけではない。足元の方を見ていると、ときどき看護士が通る。
目が覚めたからと言って、勝手に起き上がって、勝手に歩いて、出ていくわけにはいくまい。しかし、目が覚めたからにはさっさと帰りたい。本当はまだふらふらするのだ。それを隠して、もう大丈夫と言いたい。
看護士たちはこう言う患者の気持ちを見透かしている。起きていることをアピールするために、伸びをしてみたり、もぞもぞ動いたりしても、しってて知らぬふり。そろそろ大丈夫の頃だと時間を計って、あら起きましたね?どうですか?などとニコニコ笑顔を浮かべ、缶に何種類も入った飴玉を持ってやって来る。そこでついつい選んでしまう。ミカンとかアップルとか、そう言うののなかに黒糖飴があったから、それに決めると、一番人気です、と言われた。飴がなめ終わる頃にまた来ますねー、と言って去っていった。
病院から出て、空腹を満たそうとチェーンの定食屋に行く。年に一度とは言え何年も続けて来ているので、場所を知っている。昨年は病院の近くの古い雑居ビル地階にあるタイ料理店のランチを食べたが、今年はもう14時でランチタイムは終っている。
なんとなく鳥の唐揚げを食べようと思って入り、同じく鳥の料理ではあるが、秋野菜の甘酢掛けのようなのにした。
まわりには古いビルが多い。高くても八階くらいの雑居ビルかバス通りに沿って並んでいる。
数日前に友人から、自由に上がることが出来る素っ気ない屋上を知らないか?と言うMAILが来たことを思い出したので、並んでいるビルを見上げるが、下から見上げても屋上があるかわからない。仮にあったとしても鍵がかけてあるか、住人専用なのてはないかな。
三十年も四十年も前なら、ビルの屋上にはバレーボールコートがあって、少なくともそのビルで働いてる人たちは会社を問わず昼休みには屋上に上がっていた・・・のではないかな。バレーボールをしたりベンチに座って弁当を食べたり、都会の景色を眺めながら目下の問題について話したり。
小津の映画にそう言う場面があったから、そう思ってるだけかもしれない。丸ビルあたりの屋上。手摺にもたれて岡田茉莉子香川京子あたりが演ずるOL、って単語がその頃にあったかは知らないが、OL二人が恋や結婚について話している。彼女たちの見ている景色のなかを80系の湘南電車が走っていく。輪をそれたバレーボールが足元に転がってくる。
みんな輪になってバレーボール(と言うかバレーのパスでボールを落とさずにあげ続ける遊び)をしていたのは東京オリンピックの影響だったのか。
小津映画のなかではなく、私が会社に入った1979年ころ、昼休み、私の会社でも昼休みにはバレーボールやキャッチボールをやっていた。それは事実です。
ちょこちょことビルを見上げながら駅に行く。帰りの電車からまた少し写真を撮る。例えばこの写真は手招きをする人を狙ったわけではなくて、後から見返したらそう言うしぐさの人が写っているのに気がついたのです。フェンスに絡み付いた朝顔の蔓も、同じように手招きをしている。