「久しぶりに」と「むかしはよく」のあいだ


昔はよく行っていた。
何回か前のこのブログに書いたように、茅ヶ崎の家の近所の畑地を中心とした散歩も久しく行っていなかった。この秋に、雑司が谷鬼子母神や足利の鑁阿寺で記念物に指定されている大きな銀杏を見上げたのだが、それぞれ大変立派な木ではあったものの、茅ヶ崎鶴嶺神社にある銀杏はもっと巨樹に思えた。それがきっかけで、頻繁に散歩していたのに、いつの間にやら行かなくなっていた神社経由のご近所散歩のことを思い出したわけだが、実際には神社で銀杏を見ただけてそこから先の、むかしは、と言っても数年前なのだが、むかしはよく行っていた散歩コースを久々に辿ることは結局なかったのだ。
それと同じように、五年か十年か前には藤沢駅周辺、または辻堂駅から藤沢駅と言うコースもしょっちゅう歩いていた。
これまた行かなくなった理由は、コース中のポイントに設定していた店や光景が、幾つか無くなってしまったからだ。
美味しいサンドイッチを食べることができたダウニーってカフェががなくなった。それを皮切りに、何となくの変化が起きて、昨年末かなタワーレコード閉店、ついで中古のフイルムカメラが並べてあった大和カメラが今年になってなくなった。
今日は使っている50mmレンズのフードを買うためにビックカメラに行く。ついでに少しだけ駅の回りを歩く。北口のタクシー乗り場近くには冬になると葉を落とす、なんなのだろうか、欅だったかな、一本だけ木があって、その木の影がタクシープールに伸びている光景が好きで、二階にJRの改札から続く、ペデストリアンデッキからその光景を三枚か四枚か写真に撮る、それが藤沢駅回りスナップ散歩コースの始まりだった。ところがその欅が数年前に切り倒されたのだ。虫でもついてしまったのか。あるいは藤沢駅の北口と南口をつなぐ地下通路の入り口の屋根や曲がって始まる階段のデザインも好きだったが今は改装工事中。昔よく撮っていた、もとは歓楽街の入り口にあたっていたらしい、半分朽ちかけた木造の長屋はまだ残っているが、そこへ続く路地の両側の建物が建て替えられたのか。よくわからないが昔ほどうまくレンズの画角に収まらない。
って、この調子で文章を書いていると、数日前のご近所散歩が疎遠になったと言う理由をあれこれあげつらったのととどのつまり同じような、じいさんの愚痴ブログになってしまう。
まぁ、町がじいさんにとって居心地が悪くなるのは仕方がない。それでも若い人にとっては、新しい魅力的な町になるのならば。でもそうなのか?外来生物が固有の昔からの生態を駆逐するみたいに、人々にとっていろんな面からの余裕や楽しさやと言った魅力を無視して、ただ経済的な魅力と(一見の)便利と言う魅力、それだけを前面に押し出した、すなわちコンビニやチェーンの店がはびこってくる。即時的にはこう言う魅力がわかりやすい。後日になってもっと大事なものやことがあったと気がついても後の祭り。
いやなに、後の祭りと気が付く人はじきにいなくなる。生きていれば百歳を越える人たちに言わせれば八十代の人たちにたいしておんなじ嘆きを言ったのだ。八十代は六十代に、六十代は四十代に、四十代は二十代に、後の祭りになっちゃうぞ!と警告していて、そうやって新しい時代と世代と価値観が生まれる。
科学は進歩しても、人の喜怒哀楽の発生数や振れ幅には変わりがなくて、幸の数も減っているかどうかわからないが少なくとも増えてる感じはしない、のだとすれば、なんだかなぁ。
それでも藤沢はペデストリアンデッキそのものが面白いし、そこから見えるさいか屋デパートの古めかしいガラス張りエレベーターも撮りたくなる。