葉山の海


 買ったばかりの望遠ズームを使いたくて、自家用車で立石と長者が崎(三浦半島の西海岸側)の無料駐車場に順に車を停めては、そのあたりの海辺で写真を撮った。家を出るとき富士山が雲に隠れて見えていなかった。立石に着いても富士山は見えなかった。長者が崎に移動してもやっぱり見えない。手前の箱根山丹沢山地はよく見えるのに。長者が崎の砂浜にはパドルサーフィンとカヌーで遊ぶ団体が来ている。教室なのか同好会のようなグループなのかはわからないが。そんなのを写真に撮る。
 帰路、茅ヶ崎に戻ってきたら、いつの間にか富士山がきれいに姿をあらわしていた。

 望遠で写真を撮るってことの、準広角〜標準で撮るのとの最大の差は、見える通りには撮らないってことだな。35mmか40mmか50mmならだいたい見ている範囲が見ている感じで写る。望遠になるとカメラマンの作画意識とレンズの圧縮効果が働いて、若干か大いにかの差こそあれ、見た通りではないように写る。それって「写真をこう作ってやろう」「こうするといい写真になると期待できるぞ」といったような「目指す価値」が生じてそれを望遠効果を使用して実現しようということだ。技術を活用して人の目と違う見え方を提示するってことだ。もっと丸めると、いつもと違う見え方を提示することで見る人を「驚かせる」のが目的になってくる。いや、断定まで行かないから、「驚かせる」のを目的にする場合に活用される可能性が大きい、ってのが正解か。ほかに、遠すぎてよく見えないから望遠を使う、という当たり前の活用もあるからな、くくってまとめることでもないのかもしれないが。これって、きわめておおざっぱに言えば、たとえばコンポラやあるいはニューカラーのような「冷めた視線」の対局になってくる。否応なしに。するとアンチクライマックスのような価値基準からすると「ださい」感じになりかねない。だから上の写真は「ださい」のかもしれない。
 ま、たまには作画したりカッコつけたりしてそういう写真を「狙う」のもいいんじゃないか。と自己弁護したりして。