夜の車


 高速道路で空港からの帰り道のリムジンバスの隣を走っていく黒い車を流し撮りする。写った写真はぶれてぐちゃぐちゃだが、輝点がぶれに任せて描いた緩やかなカーヴは、目に見えない光が車に、意思を持ってまとわりついているように見えた。輝点はすさまじく美しく、だけど、悪意を持って、策略のように車を締め上げている。そんな感じに見える。自分の撮った写真だが、写真に写ったものは作意とは違う結果になり、その違いが面白い。そういう場合は自分が撮ったにもかかわらず、その写真は誰か別の人、あるいはなにか別の力が撮ったようで、自分は唯一鑑賞者の立場で写真を見ていて、鑑賞者として感心したりする。こういうことが頻繁に起きるのが写真の神様が降りている状態かもしれない。
なんだろうなぁ・・・まったくあてにならない感じに過ぎないが、写真の神様がそのほんのおこぼれだけでもたまには振りかけてくれていた気がするのが二十年前か十年前か。鰻や、最近では鰹も?年々の漁獲高が激減してるそうだが、そう言うTVニュースで使われる棒グラフ。あんな棒グラフで写真の神様からおこぼれをもらった回数を「見える化」すると、もっとひどい惨状・・・