人の影

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目黒の庭園美術館に生命の庭という展示を観に行く。そこで撮った写真を見直していたら、下の写真があった。これは間違って、というか私の意思とは関係なくなんらかの理由で、コンパクトデジタルカメラのシャッターが押されたのだろうか。水木しげるの妖怪漫画に出てくるいたもめんみたいな光跡だな、と思った。

森山大道が「写真よさようなら」を作ったときの発意はなんだったんだろう?そんなことはたくさん考察されていて誰や彼やの写真評論の本にその考察結果が載っているのだろうし、写真家自身もなにか発しているのだろう。と思ってちゃちゃっと調べたら、空写しの駒や捨てられた写真を拾ってきて作った、なにか過激で新しいことをやってやろうと思っていた、と言うことまではすぐに分かったが、ではどうして過激なことをやろうと思ったのか、は、わからない。そんなこと聞かなくてもわかる、若い人のエネルギーの発露の特権は現状破壊なのだから・・・と書くことは簡単だけれど、それで納得してしまっていいのかはわからない。

1980年代にジャン・フィリップ・トゥーサンの本をよく読んだ。当時は「浴室」「カメラ」「ムッシュー」といった作品がよく読まれていたけれど、いまはどうなんだろう?小説「カメラ」の主人公はフェリーのなかで途中まで撮影されたフイルムが入っているカメラを拾う。最初はそれを届け出ようとしたが、そうせず、そうしなかったことで追われているような気持ちに襲われながらも、船のなかでフイルムを撮りきるのだけど、この撮影のところはこんな風だ(96年版集英社文庫より)

「とにかくフィルムを撮り切ってしまおうと、大慌てで、でたらめに写真を撮り始め、自分の足だの階段のステップだのを写しまくり、カメラを手に階段を駆け上がりながら、シャッターを押してはまたすぐにフィルムを巻き、押しては巻き、押しては巻きを繰り返して、できるだけ早く一本を終わらせてしまおうと夢中になった。」

その後、主人公は撮り終えたフイルムだけを抜き出して、カメラを捨ててしまう。そして、そのフイルムを現像して写真を見る前の段階で(撮ったけど写真は出来ていない、フイルム時代の「重要な」空白の時間の段階)に撮った写真のことを飛行機の丸窓から青空を見ながら、こう考察する。

「この表情のない、しかも包容力のある大気の広がりに自分の思考を溶かし入れて、もしカメラをまだ持っていたなら、空の写真を何枚か、フレームいっぱいに、一面青の写真ばかりを撮ったかもしれないなと考えたのだが、半透明の、いやほとんど透明と言っていい青空には、何年か前、ぼくが一枚写真を撮ろうと思い、それも何かポートレートのような、あるいはセルフ・ポートレートのようなものを一枚だけ、ただし自分であれ他人であれ、人の姿はなしで、たんに一個の存在をそっくりそのまま、痛々しいくらいに単純に、背景抜きで、ほとんど光もなしに撮ってみたいものだと考えていたときに、まさに懸命になって探し求めていた、あの透明さがあるのだった。そして、じっと空を見つめ続けながら、今やはっきりわかったのは、自分が船の中で撮ったのは、実はこの写真だったのだ、あの瞬間、ぼくは自分のうちなる写真を引き出すのに成功していたのだということで、夜、あの船の階段を駆け上がりながら、写真を撮っているなどという意識すらほとんどないうちに、あんなに長いあいだ追い求めていた一枚の写真からぼくは解き放たれていたのであり、自分の存在の近づきがたい深みにはまり込んでしまっていたその写真を、生の一瞬の閃光のうちに捉えおおせていたのだということが、今になって理解できたのだった。いわばそれは、わが身のうちから迸る憤怒を写真に撮ったようなものだが、しかしその写真はまた、迸り出る勢いは長続きせず、結局は挫折に終わるということを予告するものでもあった。」

その後、主人公は現像したネガを得る。同時プリントでは主人公の撮った写真は引き伸ばしに値されないと判断されたのか写真プリントにはなっていなかった。

「ぼく自身があの夜撮った写真は、一枚も現像されていなかったが、ネガに目を凝らしてみると、十二枚目から後、みんな露出不足になってしまったフィルムのそこここに、ぼくの不在が残したかすかな痕跡とでもいうか、形もはっきりしない何かの影が写っていた」

主人公の写真は露出アンダーで痕跡のようなものしか写っていなかったにしても撮影はめちゃくちゃだとは言え、自分の意思でシャッターを押している。

下の写真はたぶんなにかにシャッターが触れて私が気付かないところでカメラという機械が動作した結果だから撮影者の意思は皆無だ。

さて・・・結論はないですよ。こんな感じでいろいろ思い出したり考えたりしたのがちょっと面白いことだ。

 

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