銭湯

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写真は昨日のウォーキングで久々に行ってみた(なかには入らないけれど)辻堂にある銭湯です。

もう二十~二十五年前、すでに世の中には銭湯が少なくなっていて、それでも神奈川県茅ケ崎市の自宅からだと、気が付いてかつ入湯しに行ってみた銭湯が、茅ケ崎に二軒、平塚に三軒あった。たしか鎌倉の御成通り商店街にも一軒の銭湯があったし、会社の最寄り駅(都内の東急某線)から会社に向かう途中にも一軒。いまから思うとまだまだ銭湯はたくさんあった。それでおたぶん全盛期の五分の一とか十分の一に減っていたのだろう。それからまた二十年以上経って、上に書いた銭湯はたぶん全部なくなって、駐車場とかアパートとかがその土地に出来た。茅ケ崎に二軒は数年前までは営業していたのだが。茅ケ崎にしても平塚にしても鎌倉にしても、もちろん私が知らないだけでまだ営業している銭湯があるのかもしれない。

ちょうどその二十年かもう少し手前の十~十五年前かもしれないけど、インターネット2.0だったかウェブ2.0だったか、2.0の前がなんという単語だったかよく覚えてないけれど、そういう言葉が現れて、そのなかにロングテールという言葉があり、流通量が少ないものもネット上なら流通出来るし手に入れることも簡単になり、もう大量生産だけでなく多品種少量も生き残れる可能性があることが書かれていた。けれど銭湯はネット注文して配達できないからロングテールの尾の方にあって生き残ることも難しいだろう。ただ需要供給のバランスがどこかで成り立てば、最後に生き残った数少ない銭湯はこのあと残れるのかもしれないですね。

こう書いていたら、赤瀬川原平さんが作家になったときの名前尾辻克彦が書いた短編「お湯の音」は銭湯の配達の話だったから、考えてみればすごい発想力だったんだな。

と話が脱線しましたが、辻堂の銭湯は健在でした!ちょうど14:50頃にこの前を通ったら15:00開店を待つ一番湯の客が三人か四人、入り口前で待っていました。そのあと十分くらいしてまた銭湯の前に行ったら、もう開店したらしく待っている人たちはもう中に入っていなくなり、こうして写真を撮りました。いい風情です。この松の木は年々、右に傾いて行っている気がしないでもないです。支えを一本入れたほうがいいんじゃないだろうか?などと常連客でもなんでもないのにそんなことを思ったりしました。

本日の日曜日は曇りときどき雨。二つ前のブログに書いたようにフォトブックを作るための写真の選択と並び順の検討を朝から晩までずーっとやっていました。

テレビでは養老先生とベニシアさんの番組(それぞれ違う番組)が流れていましたが、愛猫まるを亡くした養老先生と、視力が厳しくなってきたベニシアさんと、お二人とも当たり前だけれどそれぞれの番組が始まったころの元気な感じからだんだんとお年を召されて、衰えていくのが気になるのだった。それと同時に人というのは個だけではなく属している仲間や社会の中にあることで個が維持されているってことも番組を観ていると感じます。