おやすみなさい

 19日火曜日。都内にある会社で16:30まで仕事をしてから、鉄道、京浜東北線東北新幹線を乗り継いで北関東某市に出張移動。明日は朝七時には某市事業所に着きたいものだ。駅近くの予約しておいたホテルは喫煙室になっていて、わたしは喫煙者ではないから禁煙の部屋しか選ばない筈、そこで調べてもらったら私が予約時に「可能なら禁煙室リクエストだけどなければ喫煙も可」という選択をしていたらしい。しかも禁煙の部屋は満室とのことで、かなりガックリ。会社の規定額があるのに、なんとなく安いホテルを探す癖があって、こんなことなら規定内であれば高くても禁煙マストにもっと意識的になって選べばよかったと思う。こういう気持ちはなんだろう?そうだ、これは「憮然とする」がぴったり。いや、「後悔する」かな。最初に憮然として、あとから、後悔する、というような順序があるのか。
 誰かのミスや強引さや身勝手で、自分が思い通りにならなかったことは「相手に対してムッとして、そして悔しい」。そういう出来事は、いくつか覚えてるが、自分のミスで、ヤレヤレ……、となることは過去にあったか?30歳の頃、ジャズプレイヤーを主人公にした映画を電車を二本乗り継いで観に行った帰りに、電車の中に財布を落としてしまい、帰宅後に気がついて鉄道会社に電話をしたら、映画館のある駅に届いていてほっとしたとき、それでも片道40分くらいの道程を財布を取りに行って戻るのが、なんだかすごいムダをしてる感じになって落ち込んだものだ。拾って届けてくれた人に感謝すべきなのにね。そういうことがあったせいか、あの日の映画の場面とか電車の中の光景とか、こうして思い出すのだからまさしくその憮然とした気持ちとかを覚えている。財布を落としてなかったらその日のことなどなにも覚えてないだろう。晩秋の日差しが電車の窓から差し込んで床に窓の形に区切られた陽だまりを作っている光景や、その電車がとてもすいていることや、ベンチシートに座ったこと。
 さて、こんなときは心穏やかに、決して誰かのせいにしないことだ。
 部屋の消臭はしてある、とフロントマンはおっしゃったが部屋に入るとたばこ臭い。部屋にいるうちに慣れるかといえば、そうでもなくいつまでも臭くて、すると本当にそのせいか、気分がからだにダミーの反応を働きかけるのか、目がヒリヒリするのだった。それで買ってきたお弁当を食べて、本を読んで寛ろごうと、無料アップグレードされたツインの広い部屋の片方のベッドにゴロンとしたら、本など読まないまま、部屋の電気も付けたまま、歯も磨かずまだシャワーも浴びていないまま9時頃には寝てしまったらしく、次に起きたのが深夜の0:18で、やおら起きて、シャワーを浴びて歯を磨いた。やっぱり部屋は臭い。
 それでまたベッドに、今度はへッドボードを背に座りこうしてブログを書いてます。
 子供の頃はこんな深夜に起きていることは滅多にないから、なにかの理由で起きていると、それはそれだけで特別でワクワクしたな。丑三つ時なんて単語は怖いと同時に変な期待をもたらす響きで。十歳の頃か、深夜に、そんな時刻に走っているわけない、家からは聞こえないはずの、かつもう電化されていてSLが走るわけない、という理屈を越えて、SLが汽笛を鳴らしあの動輪を駆動する蒸気動力の音を立てて長大な貨車か客車かを引いて走っていく音を、ずっと不思議に思わないまま聞いていたことがあった。翌日になりやっとその不思議に気が付いた。

 写真は数日前に撮った新緑に包まれた山です。別に観光地や有名スポットに行かずとも、すぐそばにある春、に敏感でいたい。
 魔法の鏡を持ってたらあなたの暮らし映してみたい。とユーミンの歌詞の主人公が思ったのは起きてしまった深夜のことで(←と決めつける(笑))、だからたいていは、魔法の鏡に映ったあなたは、すやすや眠ってるのだろう。そうだといい。

 おやすみなさい。深夜1:40に。