アフター・スタバ

 スタバの鎌倉御成町店はフクちゃんの漫画で知られる漫画家、故・横山隆一さんのご自宅のあった場所にあり、八重桜や藤棚や小さなプールのある横山さん宅の庭が残してあり、そこに面したテラス席もある。今ごろはそのテラス席が気持ちが良い。朝9:00前に本とスマホとカメラを持ってスタバに行き、運よくテラス席に座ることが出来た(尚、プールは補修中でプールの周りに足場が組んであった)。柚子シトラスティー(アイス)を買って、それを飲みながら、島本理生著「真綿荘の住人たち」を読み進む。登場人物の「鯨」と呼ばれる女性を応援したくなる。ときどきそよ風が通り抜けて、庭木の葉が擦れて音を立てる。もっとときどき鳥が来て、しばらく囀ってから飛んでいく。シジュウカラだと思う。時間が過ぎて、陽が高くなると、気温が上がってきた。スタバを出るときにTシャツの上に羽織っていた紺色のコットンカーディガンを脱いだ。数年前にマレーシアのクアラルンプールの空港で、ラウンジの場所が判らず、免税店の店員に(つたない英語で)場所を聞いたところ、この通路に添って歩いて行きスタバを越えたところの自動ドアがそれだ、とゆっくりとした英語で教えてくれたのだが、その中に「アフター・スタバ」というところがあり、そこが最初ぜんぜんわからなかった。店員さんは私が日本人だと見極めてスターバックス・コーヒーのことを日本語風に「スタバ」と言ってくれた。私は「スタバ」が英語の中に使われるなんて思いもしなかったから、アフター・スタバのところで???となったのだ。いや、それともスターバックス・コーヒーをスタバと略するのは日本だけではなく、グローバルでもそう略すのかな?柚子シトラスティーの底には刻んだ柚子が入っている。最近のスタバのストローは環境対応でプラスチックではなく、紙のような素材で出来ている。刻んだ柚子のサイズとストローの直径はほぼ近いようで、吸い上げようとすると柚子が詰まる。もっと強い力で吸うと詰まった柚子が一気に動いて口の中に入って来る。子供みたいな飲み方だと思うが、この柚子が美味しいのだった。

 2時間スタバに座っているあいだに、隣の客が3回くらい入れ替わる。最初はノートPCで黙々と作業をしてるおじさんだった、次いでカタコトの言葉がやっと少し話せるようになった子供を連れたお父さんが来た。子供は父のことを、パパではなくてトオチャンと呼ぶ。トオチャンと発するところだけ特別高く大きな声になる。そのトオチャンはデニッシュかケーキか、見なかったから判らないけれど、なにかをうまく切り分けようと腐心しているようだが、希望通りの切り分け方にならないらしい。トオチャンが「ヤバ、チョームズ」と呟く。子供は「難しいね(むじゅかちいね)」と言う。次に30代後半くらいの男女がやって来る。次から次へと話題が変わり、ずっと話している。私は小説に夢中になりたいから耳をふさげれば良いのだが、なぜか話が聞こえてしまう(決して聞き耳を立てているわけでもないし盗聴しているわけもないのだが)。香水の話とマンションの話とワクチンの話。次いでコオロギの話。小田原のスパの話。コオロギ?ペットの餌のことだろうな、と思う。スパの話のあとは、車のイグニッションはボタン式になってしまったけれど、キーをさして回して、それに呼応してエンジンがキュルキュルグワーンと掛かるあの感じが良かったのに、と言う話も。(繰り返すけれど、意地汚く人の話に聞き耳を立てていたわけではないのです。これはいやおうなく聞こえてきたことでした)

 基本的に人は「便利」を好むけれど、ふと気が付くと、面倒(不便)に伴っていた余白のような、準備やコツやそんなこと、それがあることで考える時間が生まれ、そこから大人になっていたんじゃないか。いや、なにかが便利になる一方で、別の登場仕立ての何かはまだ厄介で、それがまた便利に変わるべく人は努力をするということで、何かが現れている限り、心配ご無用なのだろうか。たしかにキュルキュルグワーンと掛かるまで、なんとなくキーの回した角度が最大まで行っていても、もっと回したくて力が入ったりしていた、あの感覚はボタンでは起きない。

 ぜんぜん関係ないけれど昨晩見たNHKのドラマ「京都人の密かな愉しみBLUE最終回」では京都の白い筍が何度も登場していた。筍を収穫出荷する竹林がどこにあるのかは判らないが(嵐山かな?)、ちょっと調べると、高台寺の竹林なんかでも白い筍が掘れるそうだ。私は過去に京都で何度か筍を食べた。白い筍だったのかどうかはわからないけど。思ったよりも寒くなった春の京都で、少しだけ飲んだ日本酒の力で温まった身体が再び冷えないよう、背中を丸めてホテル(もしくは十年弱前までならば息子が住んでいたワンルームマンションの部屋)までの帰り道を急ぐ(急いでいるつもりが千鳥足で実際は遅い?)。例えばそんな夜に、日本酒を飲みながら食べた筍も白い筍だったのかしら?

 スタバをあとにして、駅の周りを少しだけ散歩してみる。今日の東京は今年初の真夏日だそうだ。商店街のあちこちに、こんな風に花が咲いている場所がある。