写真は東銀座のとあるビルの階段の窓から。ふと見ると隣の駐車場に帽子を被った紳士が自分の車が出てくるのを待っていた。きちんと立って。そんな光景です。先日、撮影。以下は写真とは関係ない話です。
鉄道駅の改札を抜けて左に曲がると、正面に階段があり、降りると北口バスターミナルにつながる。立派なターミナルで、十二番乗り場まである。いくつかの乗り場へは一度、地下通路に降りてから行く。階段を降りずに、階段の左と右にあるガラスの自動ドアを入ると駅ビルの3階売り場だった。左のドアから入ると最初にバッグの店がある。グレゴリーとかシェラデザインズとかアウトドアのデイバッグがぶら下がっている。右のドアを入ると女性服の店で、ちょっと高そうな刺繍のある白いシルクのシャツなどを売っているらしい。同じ3階にはカジュアルな服を売っている店もあり、もう随分前になるけど、真横から見た四つ足で立っているカバの絵の描かれた黒いTシャツを、夏の終わりのバーゲンセールで千円で買ったことがある。何度も着て洗い、首の周りが伸びても着たけれど、いつかの秋に捨ててしまった。カバの絵のTシャツに限らず、捨ててしまったTシャツのことはときどき思い出す。捨てなければよかったのに、と思ったりする。
すなわち、改札を出て左側の北口側は駅ビルに始まりバスターミナルを取り囲むように、お決まりのカフェチェーンや、ファストフードの店が並んでいる繁華街だ。一方、改札を出て右に行くと、ニューデイズの先はただの通路が数十メートル続いてから、北口より幅の細い階段があり、降りると北口よりずっと小さな、4番乗り場までのバス乗り場がある。バスを待つためのベンチは木製の古いもので、ベージュに塗られて、背もたれに大手のお菓子メーカーのチョコレート商品の名前と絵が描かれている。最近見なくなったそのチョコレート、本当にまだあるのか?と思う。ベンチの先に一本のユリノキが植えてある。ユリノキは高く伸びていく木だが、バス停のユリノキは何年経っても五メーターくらいの高さのままだ。このユリノキの幹の色は明るい茶色だ。 バスの色はクリームイエローを基調にし、オレンジと赤も使われた三色。見慣れているからなんの違和感も感じないが、どうやらはじめてこのバスを見た人はかっこ悪いと思うようだ。 わたしはこの南口の階段を降りたバス停の見える風景が好きだ。背の高いビルが少なくて晴れた日には広く青空がある。バスの色は明るいクリームイエローで、ユリノキの幹は白っぽく、ベンチも白い。夏、濃い色を見せているのはユリノキの葉だけだ。あとは白い風景。この南口からバスに乗る。行き先は「西海岸」という。ロスやサンフランシスコのあるアメリカの太平洋岸をウエスト・コースト、すなわち西海岸、と呼び出したのはいつ頃なのかな?とにかく「西海岸」という名前のバス停はずっと昔からあった。 西海岸のバス停近くには、西海岸商店街がある。その商店街の近くに十代後半から二十代前半まで住んでいたことがある。紳士服お誂えと書かれた看板の出ていたTテイラー、はじめて写真集を買った西海岸書店。カラーフィルはイズミカメラに持っていった。モノクロフィルムはミクロファイン20℃9分半で、その後は、マイクロドールX1:3稀釈で何分だったかは忘れたけど、いずれにせよ自分でフィルム現像をしていたが。Tテイラーと西海岸書店は閉店し、イズミカメラはいまも営業している。
ここからは私が二十歳の頃のことだ。西海岸のバス停は終点だから、バス通りから左折したところにバスの方向転換が出来る広場があった。広場を上から見ることが出来たならばバスの最小回転半径の大きさのタイヤの溝跡の路だけが丸くつながって見えるだろう。夏にはそのタイヤが作った路以外、その広場は夏草に覆われる。広場の端っこには自動販売機があり、丸い座面の小さな椅子がひとつ。方向転換を終えた運転手が出発するまでのあいだ、その販売機で買ったコーラを飲む。
バスの最終便がずいぶん前に出て行ったあとの深夜、その広場へ行ってみた。ひとつだけある街灯の光に何匹かの蛾が集まっている。轍の作った丸い路を歩いてみる。大股に歩いてみる。ゆっくり歩いてみる。今度は走ってみる。空を見上げると天の川と白鳥座が見えた。自動販売機でコーラを一本買い、少し傾いた丸い座面の椅子に座って、飲んだ。風はそよとも吹かず、首を汗が流れ落ちていく。
Aメロ8小節、A’メロ8小節、Bメロ8小節、Aメロに戻って8小節、それでおしまいの短い曲。みんながすぐ覚えられるわかりやすく素敵なメロディー。そんな曲をひとつ選ぼう。そして、深夜にこの広場に来る「常連」が二人か三人はいるに違いないから、彼らと知り合いになるといい。偶然に彼らは同世代であって、とても気が合うといいな。そんな奇跡が起きれば、その曲を一緒に歌いたい。でも、実際にはそんなことは起きそうもないな。私はたいてい一人ぼっちで、夜を過ごしている。見上げると音もなく流れ星が流れた。コーラを飲み終わってから部屋に帰る。その深夜、私はなにかの決心をしたかもしれない。もちろん、しなかったかもしれない。
こんな夜が二十歳の頃にあった気がします。気の合う友だちは何人もいたけれど、それでもまだこんな風な仲間が欲しかった。