その町だけでしか手に入らない価値

  日曜日。散髪に行く。いつも行く茅ヶ崎駅近く北口側の床屋は自動受付機で番号の印刷された紙を受け取り、6人か7人いる理髪師の誰かが、担当していた一人の客の散髪と洗髪と髭剃りと整髪が終わり送り出して手が空くと、次の番号を持っている客を呼ぶというシステムだから、理髪師の指名はしない。お先にどうぞ、と後回しになりつつ整理券番号を交換しながら、希望の理髪師の順番を待つことも可能だろうけれど、そんなことをしてる人は三十年近くこの床屋に行っていて、一度も見たことはない。最近1980円になった。以前は1850円だった。子供を連れてきて、散髪が終わるあいだ店内で待っている女性、すなわち母親を見ることはあるが、女性で髪を切ってもらっている客には一度だけしか出会ったことがない。最近は理髪師と世間話をしている客はめっきりいなくなった。店内にはFMヨコハマが流れている。洗髪中に痒いところはありませんか?と聞かれるが、ありません、と答える。(ヘアリキッドの類の)油を付けますか?と聞かれて、付けません、と答える。何十年か十何年か前までは、ブラバスとかMG5やマンダムといった男性化粧品の整髪料の瓶がずらりと並んでいたものだった。その頃から私はなにも付けない派だったが、なにも付けないと最後の整髪がやりにくいかもしれず、申し訳ないなと思いながら「付けなくていいです」と言っていた。資生堂ブラバスはサックス奏者の渡辺貞夫がCMに登場していて、ヒット曲のカリフォルニア・シャワーがテレビから何度も流れたような記憶がある。1970年代の後半か80年代に。それから、1970年代の前半頃には映画俳優のチャールズ・ブロンソンが登場するマンダムのCMがあって、その時流れた「男の世界」という曲がヒットしていた。いまはYOUTUBEで当時(1970年)のテレビCMが観ることが出来る。私はあの曲をチャールズ・ブロンソン自身が歌っているのだと思い込んでいた。当時、カッコいい曲だと思ったなぁ。今日、私の髪を切ってくれた理髪師の髪型はちょっとビリケンさんのようにとんがっていて、茶なのかもっと金に近いような色に染めてあった。仕事は丁寧でちゃんと最もありふれたおじさんの横分けにしてもらった。

 理髪店のあとに南口側に回り、加山雄三通りを海の方へ行き、スペシャリティーコーヒーのスタンドでタンザニアを頼み、店内の小さなベンチに座って、店主と話しながら飲んだ。苦味と酸味と甘味のバランスが飲み始め飲み終わるまでの30分(ゆっくり時間を掛けて飲みました)のあいだに七変化していくのが素晴らしく楽しい。行ったことのない200キロほど西の町、シャッター商店街が再活性化され若い新しい店が増え始めたという話を聞く。そういう店が、都会からなにか既成なものややり方を持ち込むのではなく、その町の持っている伝統や特徴が生かされたなかで新しい考え方ややり方が交じり合って、その町だけでしか手に入らない価値が生み出せると良いんだろうなあ、なんてまぁ最近よく語られることだとは思うけれど、そう思いながらちょっと行ってみたくなる。上の写真がコーヒーの店です。

 そのあと昼飯をもう少し海側の蕎麦の店で食べる。茸の漬け蕎麦。つけ汁は茸の味が濃くてとても美味しい。美味しい美味しいとどんどん麺を食べていたら、麺が早々になくなって、汁の中に、シメジやマイタケが残ったから、最後にそれを食べる。しみじみと食べた。

 その先を左折していくと、茅ケ崎市が運営している氷室椿園がある。椿の花はすべて終わってしまっていまはどの椿もテラテラと葉を光らせて緑一杯に繁っている。椿の花が咲いていない季節だから、ほかに誰もいない、私だけの貸し切りのような庭になる。小さな畳一畳くらいの池には小さな名前が判らない植物の黄色い花が咲いている(葉は睡蓮に似ているが花はぜんぜん違う)。イトトンボが飛ぶ。ときどきすばしっこいトンボも飛んでくる。たぶんコシアキトンボ。その隣には、これは畳み二畳くらいの湿地のように作られた場所があり菖蒲が満開だった。斑入りの赤紫と白と黄色。ほとんどが菖蒲だが、単色紫のもっと花弁が細い花もありカキツバタだろうか。

 コンパクトデジタルカメラしか持っていなかったので、ちょっと心もとない感じだが、花の写真を何枚か撮る。一か所に十分以上とどまってああでもないこうでもないと写真を撮っていると、数羽で集団となっている鳥がやって来て囀り、またどこかへ移動して行った。本当にほかには誰一人来ない。菖蒲や紫陽花の名所の人だかりに行くよりよほど贅沢な時間だなと思う。紫陽花も少しだけ咲いていました。

 帰宅して午後早くからは曇りになった。

↑この黄色い花は何の花でしょうか?