This is Blissという写真集を買う

 恵比寿の東京都写真美術館の近くにあるPという輸入写真集書店に、ちょっと寄ってみようと、写真美術館のメメントモリ展と日本のアバンギャルド写真の展示を観に行く前に立ち寄ってみた。年に一度か二度くらい立ち寄る店だ。お洒落な造りの店で、外から見て、入り口ドアの右側の一枚の大きな窓ガラスに赤い字で店名となにか英語のメッセージが印刷されている。そして窓際に黒い烏の置物が見える。店内には平積みと本棚に収められた洋書の写真集が並べられているが、以前なにかの記事に結構なスピードで商品が入れ替わると書いてあった。店の奥には展示スペースがあって、いつもという訳ではなさそうだが展示をしている。店内からその大きなガラス窓越しに外を見ると道向かいの一般住宅は鉄平石小端積みと言うらしい塀と庭の緑が盛んで、母屋がまったく見えないが、とても由緒がありそうに感じられる。その並びには築年数がずいぶん経っていそうな集合住宅があり、これもぴかぴかの新しいビルではないところに落ち着きを感じる。前の道は住宅地の中の坂道でときどき自動車が通るが静かだ。バス通りからは一本平行の道に当たる。コロナのこともあり、写真集を手にして捲ることに躊躇があったので、ほとんど手にすることのないまま、順に平積みの本の表紙だけを見ていたら、PC作業をしていた店の方が(店主の方かもしれない)話しかけてきたて、そのまま何冊か紹介してくれた。ほかに客は一人もいなかった。

 最初に須田一政写真集。ISSEI SUDA MY JAPANという写真集で、ベルギーのアントワープにあるFOMUフォトミュージアムで2021年に開催されていた写真展の図録らしい。Fw:Booksという出版社のようだ。内容は須田さんの「風姿花伝」「網膜直結指先目カメラ」「無名の男女」「わが東京100」「物草拾遺」「民謡山河」「恐山」などからの広く選択された写真が使われていて、作家の全容を見渡す「ベスト盤」として編まれているが、本の手触りや大きさや紙質(柔らかさ)が、気軽にぱらぱらっと捲って楽しめるように出来ていて、選ばれた写真も並びも、全部の写真が既視なのになんか新しい。リマスターのベスト盤みたい。

 そのあと何冊かを解説してくれたなかにJon Horvathという写真家のThis in Blissという写真集がありとても惹かれました。

 作家アンダスンの「ワインズバーグ・オハイオ」、アメリカの小さな町にスポットを当ててそこに住む市井の人のエピソードを通じながらも街の歴史や人々の複雑な思い(閉塞感や疲弊や破れた夢や、それでも今もある夢や街の誇りや、すなわちどこであれホームタウンへの愛情)を描いた連作短編集。あの本を思い出させる。あるいは、ヴィム・ベンダースの「パリ・テキサス」はテキサスにあるパリという町がキーになっていたが、この写真集のBlissは至福という意味の単語であり同時に街の名前だそうだ。

 この本を販売しているいくつかの書店のサイトに本の紹介が載っている。それをまたまとめるのもなんですが・・・。写真家はBlissという名前に惹かれてその街を訪れ、その街の今現在を見つめ撮り、歴史を調べ、遺物を収集し、過去の事件を象徴した行為を写真でとらえ・・・云々。

 まぁコンセプトはさておき。写真集冒頭はモノクロワイドで前に続く道を中心にした風景が数枚から始まる。車でそこを旅してきたことを示唆しているように思われる。そこからたぶんBlissとう街に着いた、夜、一台も車が停まっていない駐車場のある建物と一頭の茶色い犬が写っている。そこで写真家はこの街に迎えられたのだろうか。そこから街を大判カメラでニューカラー風にとらえてカラー写真が続く。アレックス・ソスのミシシッピを思い出すがもっと静かで音がない感じがする。一日が何事もなく過ぎて、また一日がやって来る繰り返しのようなことを、当たり前なことをあえて表面に引っ張り出すような。しかしそこに表紙にもなっている赤っぽい画面にうっすらと帽子を被った男のシルエットが映っている写真と見開きのとなりに緑のテーブルだろうか、そこに並べられたありふれたフォークとスプーンとナイフの写真が出てきて、この色と、いろいろな物語を想起させる二枚が美しい。まだまだ前半だ。そこから、落書きが写され、よくわからないが何か事件や事故があった痕跡なのか「掘り出されたビール瓶」の写真が出て来たあとに、ライ麦畑でつかまえてのぼろぼろになった本が机の上に置かれている写真なども。なんでも小説の登場人物がこの街になんらかの関係があるらしいのだ。昔、この街には米空軍の輸送機が墜落したのだろうか?飛行機の残骸の物撮りがあって、暗い十字架のイメージが続くところもある。ときどき犬が登場する。この犬は写真家を街に迎え入れ以降寄り添った犬なのだろうか。ほかにもいくつかの小テーマのもとにそれこそ連作短編のように写真集が構成されていく。もっと英語がすいすい読めると面白いんだろうな。2016年の本だ。

 一つの街を主題としているけれど、写真のテイストを…モノクロやカラーや、スナップや物撮りや……変えながら、たぶん巻末の日記のような文章も含めて、多面的に街を捉えたことがわかる。

 というわけでこの本を買ってしまいました。また大きな写真集を買ってしまい、本棚のどこに入るというのか・・・