燃える夏の陽

 一直線に伸びる国道の向こうの方を走る車や、歩いている人がゆらゆらと陽炎で揺らいでいる。それは空気がゆらゆらと立ち昇っていくのが理由だろうけれど、なんだか車も歩いている人も、本当に溶けて崩れてしまうように錯覚する。すると、今度は自分自身が溶けていくのではないかと思い、慌てて足元を見下ろす。もちろん足が消えかかっていることも溶けてひん曲がってきている様子もないのだった。

 昨年の夏にもものすごく暑かった日があって、だけど記憶の猛暑日は時間が経つとどんどん気温が下がって行くようだから、いつでも今年の夏がいちばん暑いようだ。朝の6時頃、一晩窓を開け放った自室は結局夜中にも涼しくならなかったらしく、すでに汗が流れるほどに暑い。すぐ前のバス通りの電線に止まった野鳥がミドソ休み、ミドソ休み、と四拍子で鳴いている。鳴き方は同じだけれど、去年の鳥の方がはっきりとそのフレーズを繰り返してきれいに鳴いていた。今年の鳥は、少し曖昧さが混じる。自信がないみたいだ。

 朝起きると、うっすらと汗をかいている。とくに鼻の横や耳の後ろがべったりしているから、一杯の水を飲んで、歯を磨いたあとにシャワーを浴びた。最初は顔を洗い、全身はただぬるいお湯をかけて済まそうと思うのだが、結局シャンプーで髪も洗い、石鹸を付けたタオルで身体も洗った。先週散髪したばかりの短い髪をタオルでごしごしと拭く。それでもうドライヤーなんかしなくても20分もあればすっかり乾くだろう。

 数日前、いわゆる内輪差を読み間違い、左にハンドルを切ったときに助手席のドアやドアノブにガリガリと白い線状の傷が三本も付いてしまう。内輪差でぶつからないようにとミラーで後ろを気にしていたつもりなのに擦ってしまったから余計にがっかりする。今日の夕方近くのイエローハットに車を持ち込んで、見積もりをしてもらい、塗装修理の予約をしてきた。純正修理より納期もお値段も、短いし安い。それでもやっぱり高い。一瞬の不注意で数万円。目立たないところなら放っておくのだが・・・イエローハットの駐車場にも猛暑の熱が居座っている感じだった。帰り道、信号が黄色になって交差点を突っ切るべきか、止まるべきか、ぎりぎりどっちでもあり、という状況に続けざまに二度、会う。二度とも停車した。いつもなら停車しない感じだったかもしれない。

 埼玉県熊谷市という市は暑くなる場所として有名だ。ところが今日、ふとその市の名前を思い出せなくなっている。深谷とか本庄とか寄居とか、埼玉か埼玉でないかはっきりとはわからないがそういう名前が繰り返し出てくるのに熊谷の名前が出てこない。そのうちに一生懸命思い出そうとしていたことお忘れてしまう。夜のニュースで埼玉県熊谷市を取材したコーナーがあって、そうじゃん!熊谷じゃん!と思う。

 今年買ったものに白い折り畳みの日傘があり、これは買ってよかったです。よく使っています。

 今日会社の会議で投影されたプレゼン資料のパワーポイントのスライドに、画面の左に、吉田拓郎ユーミンサザンオールスターズの写真が置かれてひとくくりされ、画面の右にオフィシャル髭ダンディズムとYOASOBIとsekai no owariの写真がひとくくりにされ、こっちの人は黙っていてくださいと左がポインターで示され、こっちの人に考えてもらいましょうと右側が示されたので、笑ってしまった。もしあいみょんが右にいたら、君だけは左に来ておくれ。

 戦争が始まったときに、戦争がこんなに長く続くなんて思いもしなかったが、なかなか手打ちにならない。相手が悪いと思っていたら正義は折れることを良しとしないだろうが、それでどんどん両者の命が奪われ、そして悪い指導者は安泰だ。そのうえ、さらにもう一か所、日本のすぐそばで一触即発の政治パフォーマンスが行われている。怖い。

 冷蔵庫で冷やしていたペットボトルのガスウォーターを外に出す。みるみる水滴がボトルの外側に出来て集まって流れ出す。その水滴が誤ってキーボードの隙間に落ちたりしませんように、と注意深くしている。

 猛暑のなか黒い長そでシャツを着て歩いて行く人の用事や目的地はなんだろうか。暑いときには熱くて辛いタイ料理を食べようぜ、と思ったり?

 シュガー・ベイブ解散後にソロとなった山下達郎のアルバムに「夏の陽」って曲があって、学生時代にヘビロテで聴いたことがある。あの頃、下宿の大屋さんの飼っているペルシャ猫は乱暴で怖かった。

 燃える夏の陽 窓の彼方で 何も見えずに はねまわる

 風が道路で 炎吹き上げ 街はたちまち 焼け色