誰かの痕跡マニア

 最近このブログには昨日のことを今日書いていることが多いです。昨日、8/7日曜日、午前のうちは曇りがちで昨日からの延長で涼しかったが、午後になり気温があがり、湿度も高くなり、一気ににっぽんの夏が戻って来た。夕方、カメラを首にぶらさげて近所の畑のあるエリアを自転車で一回りしてきた。白い百合の花が咲いていた。赤い百日紅も咲いていた、柿の木には葉っぱと同じ緑だからすぐには見極めが付かなかったが、ずいぶんたくさん実がなって、もうだいぶ大きくなっていた。あまりに暑いせいか、それともコロナを警戒しているのか、道路に車は少ない。あるいは畑の中の道に犬の散歩に来るおじさんおばさんも、スケボの練習にくるお兄さんも、虫捕りをしに来る親子も、いつもは何人か見かけるそういう人々が人っ子一人見当たらない。軽トラがすれ違えるくらいの道幅の舗装道路にも車は来ない。その道のどまんなかに名前までは判らないけれど、タテハ蝶が一羽止まっていた。そんな炎天下の舗装の上に止まって、閉じた羽根が風にゆらゆら揺れて、もう飛ぶための力が尽きているのか。

 ビニールハウスの中にはなにも植えられておらずただ白っぽい土が見えていた。ひとつき前までは赤く熟したトマトがたくさん生っているのが見えた。スーパーの野菜売り場に行けば、いつだってトマトは売っているけれど、この茅ケ崎市のビニールハウスにおけるトマト栽培は時期を終えたようだ。写真のビニールハウスもなかはすっからかんに思える。ビニールハウスの手前の畑もなにかの収穫が終わっていまはただの土の畑になっていて、このあと次の何かが栽培されるのだろう。

 いま読んでいるのは乗代雄介という作家の「十七八より」。本屋でたまたま手にして背表紙の解説読んで、買った本。行替えや会話が少なく、ぎっしり文章が詰め込まれている感じ。まだ50ページしか読んでいないですが、主人公の女子高生の叔母さんの趣味が「そこに誰かがいた痕跡に関するマニア」となっていて、おぉ、なんか面白い。エレベーターに漂うファストフードの芬々たる香りとか、橋脚についた無数の粉っぽい軟式野球ボールの跡、といったことが例として書かれている。

 「軟式ボールの跡」で思い出したこと。

 子供の頃、自宅だったのは父の勤めていた病院の社宅で、病院の敷地と社宅のあいだは高さ2.5mくらいのコンクリートの壁で仕切られていて、すなわち自宅である社宅の玄関前の空き地に立てば、その壁までが少年がボールを投げて、跳ね返って来たのを捕球するのにちょうどよい距離が取れた。わたしは一人野球で、よく遊んでいた。頭のなかでラジオやテレビの実況中継を真似する。「さてピッチャー村山、いよいよ初回の一球目を、いま、投げました。強気のストレートから入りましたが、内角高めにわずかにはずれた。」とかね。そして軟式ボールをストレートの握りで壁の内角高めと想定した場所へと投げる。跳ね返ったボールはキャッチャーが戻したボールとする場合と、打球の場合と分かれ、もちろんそれも頭のなかでどっちにするか勝手に決めるわけだが、選んだのが打球になると、今度は自分は遊撃手などの内野手になり、壁から跳ね返って来たボールを、バッターが打ったゴロだとして、それを捕ると、今度は一塁への送球として壁に再び投げて、戻って来たボールをノーバンでキャッチするときには、今度は一塁手になっていて、頭のなかでアウトとかセーフとかを決めている。そういう妄想一人野球をやっていた。結果、そのコンクリートの壁には「無数の軟式ボールの跡」が付いていた。

 壁のボールをぶつける領域のちょっと右横にはいちぢくの木があったが、シロスジカミキリが住み着いてて、彼らのせいで枝の多くは枯れてぼろぼろになっていた。

 もう一つ、痕跡の話。本屋で雑誌を手にすると表紙に誰かが捲ったあとが、ちょっと一か所だけ、なんていうのだろう・・・1センチ四方くらいの範囲にV字にかすかな表面の折り癖が付いてしまっていることがあり、そういうのは買いたくない。あれはどうやったらあんな風に跡が付いてしまうんだろう。本やら書類やらを捲るときに指先に自分の唾を付けて捲る人がいると、とっても嫌になってしまう。それと同様、たまに雑誌を捲るのにあまり好まれない感じの捲り癖を持っている人がいて、表紙に痕跡を残すのか?

 宇都宮市に単身赴任していたときにゴールデンウィークで一週間くらい単身赴任アパートに帰らず、連休が終わってはじめてアパートに戻ったら、玄関のドアが開いていて、それは空き巣に入られていたのだったが、私の単身赴任アパートには現金も「小さな売りさばけるもの」もなくて、古いデスクトップパソコンやブラウン管テレビは盗まれておらず・・・すなわち空き巣に入られたけれど、何一つ持っていかれなかった。名誉なのか不名誉なのか(笑)ただサッシのロックのところが割られていたのでそれが直るまでは、夜はちょっと怖かったから、蛍光灯を付けっぱなしで寝た。

 現場検証に警察がやってきて、ウディのフロアーを斜めから強い光で照らして、そうするとうっすら溜まった埃のなかに犯人の履いていた靴の靴底のパターンが見えるらしく、調べていった。「犯人は二人組で、ニューバランス!」と言っていた。足跡の痕跡は斜めから光を当てると見えたりしますね。あの空き巣は竜巻が通って行ったように、私のアパートを含み、南から北へ、アパートを軒並み狙っていったそうです。