無題

 工事中の仮設の?歩道橋は真夜中でも煌々と光って道筋を示してくれています。むかしパリに行ったとき地下鉄のドアが開いたら車中でギターを弾いて歌を歌っている青年がいました。「天国への階段」を歌っていた。あのとき彼の歌を正面で聞けずに、無視するように横を通って車中に入ってしまったけど、ずっとその歌が聴こえていました。

 親族が亡くなったのでこの先数日、長い文章を書く余裕が無くなるかもしれません。写真はあげ続けたいと思っています。

 今日も暑かった!でも夏の盛りはおわりという感じがします。私のなかでは小学生や中学生の頃の夏休みの始まりだった7/21から8月の一桁のあいだ(上旬ってことですね)の約20日が真夏のピークの期間で、明日にあたる8/11からはもう晩夏。これは小学生の頃の夏休みのあるときに、そう感じたことがあり、それ以来、そう決めている。8/10頃から潜んでいる秋の気配が明確になってくるのだろう。そしてお盆の頃に高校野球の決勝が同時に終わると、もう決定的に夏休みも終わりに近づいていることを痛感するのだった。夏休みの宿題はドリルはさっさと7月のうちに終えてしまう方だった。だけど図画工作とか技術の創意工夫やポスター、あるいは読書感想文とか理科の自由研究、こういうのは大抵後回しにして、真夏のあいだはやらなかった。そして上記の「夏休みも終わり」を痛感したころの或る夜に、まだあれもやっていない、これもやっていない、と数え上げるとその途方もない量に圧倒され、夜眠れなくなるほど焦るのだ。そんな夜は羊が一匹二匹と数えてみるのだが、千を超えるとどこまで行くんだろう?とそっちに興味が沸いて、さらに眠れなくなった。そんなことを思い出しました。

 線香花火は最後まで頑張って最後はパッパッという火の花の数も減り、その光を放つ回数も減り、間も伸びる。そして最後小さく小さくなった火の玉が力尽きて落ちた。その一部始終を見ていると、それはやはり夏が来て盛夏になり晩夏になるようで、悲しく切ないけれど、その夏の終わりの気持ちが私は嫌いではない。競争で、いちばん長く続いた線香花火を持っていると誇らしかった。