昨晩の満月

 都内にあそびにいっていたので、昨晩の中秋の名月を、ちょうど墨田川に掛かる中央大橋で眺めることが出来た。橋の上に、恋人たちや家族連れやカメラマンが、それぞれ二組と三組と三人くらい集まってきては、月を見て行った。私もそこから月を見た。墨田川は暗い中に映した白い街の光がざわめいているようだった。この川面に反射している街の灯りの中に、その百分の一か千分の一かが月の光だ。だけど夜空を見上げると満月はもちろん孤高に一つだけ浮かんでいて、満月だけが意気揚々として高く、街の灯りは月に憧れているみたいだ。夜風が強かった。陽が沈む前に太陽の光を浴びて日なたを歩いていると、相変わらずTシャツの中に汗がだらだらと流れていたが、夜になると強い夜風に私は寒さすら感じて、デイバッグの中に入れてあったコットンのグレーのカーディガンをTシャツの上に着た。橋の上から100-400mmのズームレンズ越しにファインダーをのぞくと、橋を渡った先にある中央区立石川島公園にも月に誘われた人たちがやって来ては帰って行くのが見える。最新のミラーレスカメラのファインダーは電子ビューファインダーだから暗くてもゲインアップしてそこに来ている人たちを浮き立たせた。それを見て、あそこに行かなくちゃと思った。なにか憑かれたように早足で歩いて行った。この写真を撮った数分後に私もこの公園にいた。グループで来ている人たちはもちろんなにか話している。笑顔も浮かべている。子供が泣いて笑って走り回っている。だけど当たり前だけど、彼らの声は彼らの家族やグループの内輪のことであって私は部外者だった。部外者のひとりぼっちという居心地の良さと、近くに他人とはいえ誰かがいるからそれでも安心という気持ちで、この夜にいることが楽しかった。いや、これが楽しいという言葉で言い得ているのかはわからない、少し違うんだろうな。至福というとおおげさなんだろうか。

 月はどんどん上って行く。だけどそのうちに私は月を背にして帰ることだろう。虫の声が聞こえる。