記憶の断片と今日のことが交じり合う

 相模湾が広く見渡せる小高い丘陵(標高200m弱)の公園には、朝の6:30になると、麓の街から長い坂を上って来た三人か四人の年配者(主に70代と思われる)がラジオ放送に合わせて体操をはじめた。ほんの少しだけ雨が降っている。低い雲が上空を覆っている。水平線の上だけわずかに青がある。写真を撮っていると、ラジオから体操の音楽が流れているのが聞こえる。振り向くと一人の白いシャツを着た白髪のおじさんが、とてもきれいな身体の形で(理想のラジオ体操のフォーム!)、両方の手を前で交差しては次に左右に広げつつ、足をひし形に曲げている。なんとなく左手を肩を中心にぐるぐる回してみるが、60代にして四十肩に襲われていて肩関節が痛くなる。毎朝ふもとから坂を上り、ラジオ体操をし、坂を下りて行く、そんなことを繰り返していたら筋肉も付くことだろう。至って健康な年配者達に違いない。

 数年前、ときどきモーニングセットを食べにデニーズに行った。その頃はコーヒーのおかわり自由で、デニーズの制服を着た中高年の女性が、常連客の男性と話しながら、店内を巡回してはコーヒーを足してくれた。朝はとくに、常連の年配客がモーニングを食べに来るから、そこはファミレスというより「地元の常連に愛される」喫茶店のような雰囲気が出来ていた。その後、よくモーニングを食べに行っていたデニーズは建物が建て替えられ、それが理由ではないけれど、その頃から行かなくなった。

 デニーズのモーニングメニューも何年かに一度は変わっている。目玉焼きは玉子一個のセットはなく、二個だけだ。コーヒーはほかの飲み物の選択も可能になったうえでセルフのドリンクバーだ。目玉焼きは玉子ひとつでいいんだけどそういう選択はできないのか?と聞いてみると、同じ料金になってしまうという答えだった。そこで二個のままにして、結局ふたつとも食べてしまう。そうしたら二時間後にお腹が痛くなった(乳製品に弱めの胃腸)。

 雨が降る。まだ青い実がたくさんついている蜜柑の木に雨が降る。烏瓜の赤い実が線路脇斜面のブッシュのなかに見えている。そういう景色が窓から見える。ときどき銀色の三両か四両の編成の電車が通過する。私はコーヒーを飲んだ。こんなのは幻の風景か。

 宮沢賢治のヨダカの星。「ヨダカのようにはなりたくないと子供の頃に思ったものだ」と誰かが言っていた。はるかむかし、同じような秋の日に。椎の実を拾い集めた。

 記憶の断片と今日のことが交じり合う。そういうことだろうな、日常は。