新しい物や街や社会への順応

 銀座八丁目にあった(この9月に解体された)、黒川紀章設計の中銀カプセルタワーを見上げている人がすみっこに写った、地下駐車場への出入り口の写真です。昨年の11月にタワーを見に行ったときの写真です。カプセルタワーはその前にも何度か見に行きました。2017年に竹橋の近代美術館で「日本の家」という展覧会があって、そこでもいろいろ紹介されていました。下から見上げてカプセルが突き出ている写真も何枚も撮ったものです。ウィキペディアにも写真が載ってます。

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%B8%AD%E9%8A%80%E3%82%AB%E3%83%97%E3%82%BB%E3%83%AB%E3%82%BF%E3%83%AF%E3%83%BC%E3%83%93%E3%83%AB

下のURLの記事によると、140あったカプセルのうち23個は千葉の「再生工場」で再生されるとありますね。海外含めて美術館に譲渡されたり、ほかにも再利用法、宿とか?も模索中のようです。

https://mag.tecture.jp/culture/20220921-72785/

 一年前の写真を見直していて、この写真を見つけて、上記のようなことが調べてわかって、さらにビームス中銀カプセルタワー再生保存PJがコラボしたTシャツがあるということを読んだので、ビームスの通販サイトを見に行きましたが、なんと全種類SOLD OUTになってました・・・

 いま展示もやっているようです。今日から日曜日まで。会期は四日間ですね。

https://room306project.tokyo/2022/10/10/回る(めぐる)展/

なんだかカプセルタワーの最新情報記事になってしまったな・・・

 

 ところで、私は、こういう階段を覆う屋根のある地下通路入り口が気になったりするんです。夕方一両で走っている路面電車が、もう外より明るい電車内の光の箱なかに人々を乗せて走って行くのを見て、あ、あそこはここ(私がいる屋外)より幸せそうに見える、暖かそうに見える、という「幻想」のような気分を覚えたのは、1990年頃に松山市に行ったときの雨の夕方がはじめてだったと思う。以来、路面電車とはだいぶ違うけど、地下通路入り口の箱型の構造物が、夜になりそこだけ明るいのも気になるようになりました。そんなこと言ったら、最近このブログにも書いたばかりだけど、秋になり夜が早くくるようになると、居酒屋から漏れる灯りに惹かれるのは、人の遺伝子レベルの夜や冬への恐怖の現れじゃないか?なんていう、こうしてまとめて書くと荒唐無稽な類推があり、それにもつながるんだろう。

 横断歩道橋も交差点をあっちに行くためだけの地下通路も、けっこう古いものが多くなりました。車社会で車優先だから、人は階段を降りたり登ったり苦労して交差点を越えてくださいね、とばかり、歩道橋や地下通路があちこちに作られた60年代。いまはあらたに作るってことはかなり減ったんじゃないだろうか?やはり車ではなく人が優先。この写真のように逆光で、通路入り口構造体が自発光しているような光景がいいと思ってしまいます。

 定期運用がなくなる鉄道車両や、カプセルタワーのように取り壊される建築のニュースや大きく取り上げられると人が殺到して、それにまつわる思い出を話す人々がニュース映像で流れ、スマホやカメラでたくさんの記録写真が撮られる。

 だけど、昔からある喫煙所、公衆電話ボックス、地下通路入り口、歩道橋、木造二階建ての60~70年代頃に建てられた一般住宅。戦後のバラックを発祥に持っている駅前のごちゃごちゃした街区。こういうのもひっそりと無くなって置き換わっている。走っている車だって十年も経てば様変わりだ。最近は信号が写っている写真を撮ると、信号が赤や青に写らず暗くなっているし、バスの行き先表示の電光表示もちゃんと写らない。言い換えると、どれもある程度スローシャッターにすれば見た通りに写る。そういうところも実は変わっている。

 私(私と同世代の方もたぶん)は変わる前の世の中にたくさんの時間属していて、その変わる前の世の中に親和性高くなっている。そこから新しいもの(電化製品でもアプリでも)や新しい街に変化が起きたときに、たぶん自分がもっと若ければ、新しいものに順応しそれを良しとするポジティブな対応が楽しかったに違いない。それも自然に。

 いまは順応することが安易でもなく楽しくもなくなっているかもしれないな。まぁ懐かしいと思ったり、無くなることを惜しむのは、まったく問題ないんだけど、その後のものにも順応して受け入れて、その良さも理解することに(意識的であっても)頑張らなくちゃね・・・