超巨大牡蠣フライ

 今晩は会社の帰りに電車の乗り換えをするK町で東口に降りて、どこかで牡蠣フライ定食を食べて行きたいともう午前のうちにそう思い定め、昼休みにどこの店に牡蠣フライがあるか、どこが良さそうかを調べたりする。そしてここにしようと決めた店まで、K町駅から700mと少し遠いのを、ずんずんと早足で歩いた。店はアーケードのある通りより一本裏路地にあるらしく、居酒屋やバーや、中華料理やハンバーグのレストランのネオンが色とりどりで美しい。しかしやっと探し当てた目当ての店は定休日だった。こういうとき、意外なまでに途方に暮れてしまう。初志貫徹して、牡蠣フライを求めて町を彷徨うのか、他のものに譲歩してしまうか。取り敢えず気持ちを落ち着かせよう。デイパックを前に回し、チャックを開けて、コンパクトデジカメを取り出してみる。店の灯りを背景にして、帰宅を急ぐ人が、一人二人三人、シルエットになっているそこを一コマ撮ってみた。そのあと、初志貫徹、牡蠣フライ求めて当てずっぽうに路地を行く。牡蠣フライをはじめたと入り口のガラス戸に張り紙がしてあるとんかつの店を見つけた。K町の三大とんかつと呼ばれる店の一つだ。ぐるりと厨房を囲んだ十人くらいが座れる馬蹄形のカウンターの一番奥、落ち着ける席に滑り込み(というのもわたしで店内は満席となった)ちょうどそのとき誰かが注文したらしい牡蠣フライが出来上がったところで、それを見たらこんなに大きな牡蠣フライを見たことがない。牡蠣フライ定食を注文したら三個か五個か聞かれたから、三個にした。三個でもふつうの感覚の牡蠣フライ十個分くらいありそうだった。三個の牡蠣フライを一つ目は塩で、二つ目はとんかつソースで、三つ目はタルタルソースで食べる。牡蠣フライが重すぎてなかなか箸で持ち上がらない。それにしてもこの店で出されているフライはどれもこれも驚きの大きさで、とんかつも、生姜焼きも、見たこともない大きさだ。それでふと見渡すと、巨漢の方もいて、中には肩ロースとんかつに牡蠣フライ二個を大盛のご飯で食べ始め途中でご飯をおかわりしている人までいる。さすが大きな体にはどんどん食物が入っていくな!と感心するがそうだろうとも思うのだが、小柄な女性も大量のご飯をどんどん食べている。あ、この店は大食いの方御用達なのか……自分の属さない世界に誤って入ってしまった。ご飯を小にしたが、小が普通の感覚の大くらいの盛りだ。店のおばさんはとても明るく、てきぱき注文をこなしている。牡蠣フライは3個とも食べました。せんキャベツも食べました。豚汁もすっかり全部食べました。だけどご飯はほんのちょっと残した。握り寿司のシャリ二個分くらいを残した。するとおばさんに、あら、もう少しなのに食べきれなかったかぁ……と言われてしまった。帰り際、私が、幸せでした!と言うと、おばさんが、また来てねーと笑った。どうする?また来たいが、あまりに多すぎる……。でかいよなぁ、多すぎるよなぁ、食べきれないなぁ。そんなことをぶつぶつひとりごとで呟きながら膨らんだ胃を抱えて駅まで歩いた。あの店は別の世界とこの世界のあいだで間違ってこっちに現れたんじゃないのか?その別世界とは大食いの方の世界なんじゃないか?ちょっと振り返り、ちょっと爪先立ちをして、店がそこにあることを確認する。幻ではなかった。