
東京の桜満開宣言とやらは23日に発表されていたが、実際に私がみた桜は、この写真は昨日の25日土曜日の目黒区民センター近くのふれあい橋からの風景だが、まだ咲ききってはいなかった。昨日の土曜日は、このあとに横浜の大岡川沿いの桜も見てきたが、同様にまだ半分が蕾といったところだった。それにしても今年は桜が見ごろの時期の土曜日曜がともに雨となりました(関東の話です)。会社にはいって実はもう40年以上が経っているのですが、入社して3年か4年経ったころに、会社の近くの、桜がたくさんあり、そこそこ人が集まる公園で業務終了後に三々五々有志が集まって花見をするような夜があった。公園には焼き鳥かお好み焼きか、そんなものを売ってくれる屋台もふたつみっつ現れる、そんなちょっとした花見の場所だった。前日までは暖かかったのにすごく冷え込んだ夜に当たってしまい、みなで寒い寒いと縮こまりながら花見をした夜もあった。八つくらい先輩だったKさんが、酔っぱらって、私と同期のK君という一番の若手二人に向かって、盛んに、人生というのは限られた時間しかないなかで、なんであなた方はそうしなくてはいけないような錯覚のもと残業時間まで仕事をしているんだ、それで迎合して安心しているんだとしたらこれほどアホなことはない!もっとさっささっさと仕事をして早く帰れ!と言ったのを覚えている。Kさんはちょっとそういう自分の生き方の哲学のようなものを持っていて、確かに残業は少なくさっさと帰っていたが、職場ではちょっとアウトローっぽかった。でも仕事が飛びぬけて出来たわけでもなかったけれど・・・。Kさんは女あそびがお好きで、ずいぶんと、どこぞの女をこうやって落としたんだ・・・といった武勇伝を聞かせてくれたが、一方で自然も好きで、別の日にはむささび観察ツアーの話をしてくれたりもした。70年代80年代・・・個性豊かな人が職場にはいっぱいいた・・・というか人それぞれがみなどこかはみ出ていて、品行方正ですべての面で滞りなく期待値以上の成果を出せる優等生、というような「優等生タイプ」なんかいなかったんじゃないだろうか。いまはSPI試験とかなんとかで優等生を炙り出せる仕組みになっているけど、同じような優等生が集まっている集団よりも、でこぼこしたいろんなタイプの人が集まった結果の集団の方が面白いし逆境には強いんじゃないか・・・と思ったりします。でこぼこしていると補い合うからお互いのあいだに信頼関係が生まれたあとには結束力が増すんだろう。当時の若手は誰かを見習うと言うより、反面教師にしてなにくそと伸びていく方が多かったかもしれない。だから居酒屋などで上司の悪口を言うのは当然の許されたことであり、そこから革新が生まれていたし、そこで自分の悪口を言われていることくらい先輩たちは平気の平左で許容していた。そのK先輩は、大腸がんの疑いの健診結果が出たときに、たかをくくって?放っておいたせいで、比較的に早く亡くなってしまったが、こうして当時のことを思い出すと、こうしてたくさん記憶に登場してくださる。
下の写真は2015年の目黒川沿いの夜桜。古い写真を持ち出してみました。
