小津安二郎展と薔薇の花

 少し前に横浜の港の見える丘公園近くにある神奈川近代文学館小津安二郎展を見に行った。入場してすぐ、4本の映画の当時の予告編、撮影快調!乞うご期待!というのが決まり文句になっている予告編がモニターに流れていて、これが面白かった。主人公の若い女性が自分の考えを主張するようなとき、カメラは主人公を真正面から捉えている。岡田茉莉子がまくしたてる、佐田啓二が理屈をこねる。その主張を投げかけられている相手や、ゆったりと会話が進むときは、よく言われる小津のローアングルから人物を斜めに捉えて、少し引いた位置となる(ことが多い気がする)。いまもそうなんだろうけれど、若い人たちは早口で主張し、既成の価値に居座って安心の側にいる、あるいは昔ながらの正しい佇まいを守ってきた、誇り高い大人たち(時代もあるんだろう、小津映画では、その大人は主に男性)は、鷹揚でゆっくりと話している。この話し方の速度の差が大きい。話す速度の世代による差の大きさが、高度成長期の勢いを象徴してるみたい。そして予告編の若い岡田茉莉子が数十年を経て、2023年のいまの世界に対して、正面切って物申している、という感じがした。

 ところで岡田茉莉子さん90歳になられお元気で、この展示に合わせて企画されたトークショーにゲスト出演されたようですね。素晴らしいです。
 小津は生誕120年だそうだが、20年前の生誕100年のときにNHKBSで現存全作品が放送され、毎晩見てはせっせとDVDに録画した。その録画したディスクが入ったケースが、他にも録画したいろんなものと混じって自室にタワー状態、あるいはタワーが崩れてぐちゃぐちゃな状態になり、そうすると手に取りやすい場所にあるディスクを再生しがちになる。結局、そういう場所にあったから、というだけの理由で「早春」と「浮草」の2作品を私は何回も観た。「早春」は、50年代の京浜東北線の通勤風景や、江ノ島と未舗装の国道134号線が映るから、今の私の生活圏内でもあり、物語とは別のところでも、こんなだったんだ!という面からも面白い。「浮草」は京マチ子若尾文子が美しいですね。ラスト場面では、なぜか、これはとても個人的な感想かもしれないが、奥田民生の「さすらい」に歌われるような、不安と期待が同居した将来へ、旅(あるいは否応なく時間)が進むことを予感させて、そこに、繰り返すが個人的な感想としては、悲しさではなくて前向きさを感じるので、とても好きな映画になった。それにしても、小津映画、とくに「東京物語」は、日本の、ではなく、世界の、全映画ランキングでも一桁順位に入るんですね。まぁなんでも点数や順位を付けて評価するのは良いことではないかもしれないけど、展示紹介の中にそんなことが書かれてるパネルもあって、へぇすげ~、と単純にミーハー的に思ってちょっと嬉しくなった。いわゆる「推し」の感情かな。
 港の見える丘公園は薔薇が満開だった。写真はたまたまきれいに写った感じの薔薇の花です。