目黒区総合庁舎のデザイン

 父が撮った写真に、畳の上にガーヴしたおもちゃの線路を繋げて真円の閉じた線路にし、単2あたりの電池を何本か、底の電池室に収め、スライドスイッチを入れると車輪が回り、閉じた線路の上を走る、玩具のゼロ系新幹線で遊ぶ四歳くらいの私が写っているというのがある。丸い線路は直径が1メートル弱といったところ。線路の真ん中に立膝の姿勢の私がいて少し身体を捻っているのは、動く新幹線を目で追おうとしているからか。モノクロ写真。新幹線が実際に開通する前から子供向けの本では、夢の超特急、という触れ込みでその一番前に丸いノーズのある流線型デザインの車両はかっこよかったから、その後、新幹線が開通するまで数年、ずっとワクワクしていた。こんなのは一例で、あの60年代は次から次にどの分野でも新しいモノ、それも少しづつの進化ではなく、価値を覆すような変化が見えていた。わかりやすく単純だった。だけどこうして書いていると、私が四歳だった1961年に1964年に開通する新幹線の車両デザインは公知になっていて、それを模した玩具まで売られていた……ってことになるがそうだったのか?記憶が曖昧かもしれない。玩具は新幹線ではなく151系の特急だったのかもしれないな。新幹線、東京オリンピックのための建造物(代々木体育館など)、生まれるものが未来を夢見たデザインで、そういう印象のための華やかさにも熱意が自然とあったんじゃないか。写真の建物にもその当時の新しさへの挑戦が感じられる、私には、ですけどね。
 目黒区総合庁舎の建物は66年竣工、建築家は村野藤吾だそうです。すごく美しいと思うのは、上記のような時代が少年時代と重なっているからか?そうでなくても美しく思えるものなのか?はわかりませんが。私には美しい。惜しみなくというのかとにかく全面がこの格子で覆われている。なんだか0と1がずらりと並んでいた、あるいは長いロール紙にパンチングされた穴が言語を現していた、初期の電子計算機?すでにコンピューターと言われてたの?そういう電子的な印象も感じたり。レトロなコンピューターな感じがする。