
オリンピックに選ばれてくる各国代表選手は、その国の代表選手選考を、勝ち抜いてきた方々で、国により選考条件はまちまちだろうけれども、総じて実力を校正に評価されてきたのだと思います。もちろんぎりぎりのところでは、実力伯仲で、運不運もあったかもしれませんが。
すなわちその国の国民のなかで、その競技には秀でたトップレベルの人たちが選ばれてる。他国にはいるかもしれない、それ以上の秀でた人が、その国にはいないときも、代表選手は国の括りではトップオブトップなのです。
それから、人というものは機械じゃないので、性能項目が常に定量的に発揮されるわけではない。こんなことは誰でも分かってるはずです。好調不調の波があり、体調も良いときと悪いときがあり、メンタル状態がパフォーマンスに影響を与え、用具や道具と競技環境とのマッチングがばらつき要素となり、いろんなばらつき要素に各選手の技量の向き不向きが起きる。だからこそ、競技をするんですよね?そしてそこに喜びと悔しさが生まれ、人間ドラマを自分に置き換えて観戦して、感動をする観客がいるわけです。
選ばれた選手が、故意に負ける、故意に実力を出すことを放棄してる、ってことがときにはあるのですかね?まぁ、絶対にないとは言えない。政治的メッセージをこめたい、とか、あまりの差に自暴自棄になるとか……?ほとんど無いと思います。みな実力を発揮してベストの結果を出してみたいと思うはず。そこにまた緊張が生まれ、かえって失敗するかもしれません。それも含めて人間なのです。
あまり、上位には来ないと思われた選手が伸び代を大舞台で発揮して、予想を覆して上位に躍り出て、ご本人も応援する自国の国民も歓喜する。と言うことが起きているのなら、その一方で、期待に応えられなかった選手がある。世代交代の波に飲まれる。これも当然。
さて、こうやって順番に考えてきたときに、予想通りの成績を出せなかった選手を誹謗中傷することって、なぜそんなことになるんだ??そういう選手にこそ、温かい声を掛けて、慰めて、よくやったと労うのが大人ってものですよね。
すなわち、選手全員に、結果の良し悪しに限らず、よく頑張ったね、ありがとう!って言いましょうよ。