
学生の頃、FM愛知でオフ・コース(小田和正さんのいたバンド)のスタジオライブ放送を聴いたことがありました。何の曲が歌われたかは覚えていませんが、曲と曲の間にお客さんから質問を受けるコーナーがありました。ひとりの男性があてられ、たぶん当時の私と同じ年くらいの、若いその男性は、小田さんに「好きな花はなんですか?」と聞きました。小田さんが何と答えたかはもう覚えてないです。そのときに、私の心の内側には、男のくせに……なんと女っぽいやつだ、というような、ちょっと小馬鹿にするような気分が湧いたものです。もっと丸く言っても「こいつ女みたいな質問するなぁ」と言う感覚。もしかするとその方の話し方も、そう思うに至る要因だったのかもしれません。いま、半世紀近くを経て、その方に、そう思ってしまいすいませんでした、といわなければね。
当時、こんな風に思う感覚って、私が常識外れだったとか、特別におかしな感覚だった、というのではなくて、昭和50年ころの日本人の性差に纏わる凝り固まった通念と言うのかな、この一例では、若い男性が女性に人気のある男性ミュージシャンに、花の好き嫌いについて質問するなんて女々しくてかっこ悪い、女じゃあるまいし、と言った一般的感覚があったのかもしれません。そもそも初期のオフ・コースを好きな男性、と言うだけで、理由もなくただばかにするようなところもあったかも。
あるいはわたしがそう言う通念を持っていた、一部の変な若者、だったのか?
でもまぁ、これは男のやること思うこと、これは女のやること思うこと、その区別が通念上、いまより明確だったでしょう。当時のヒット曲の歌詞やエッセイを読むと、それを前提にしたものが多い。男だから、女だから、と言うような。
今の世の中はだいぶ変わったので、今の若い人たちからすれば、ここに書いたことは、どうしてそんなふうに性差と花好きを結びつけて切り分けたのか、ちょっと考えられない、わからないでしょう。そして私も、いまもしラジオやポッドキャストやインスタライブを聞いていて、そう言うトーク場面に会ったとしても、そんなふうにはもう感じないと思う。
その番組は当時カセットテープにエアチェック、すなわちエフエム放送を録音して保存していましたが、引っ越しやリフォームやらのタイミングで、廃棄してしまった。そのやりとりの前か後にオフ・コースが歌った曲が気に入っていたのです。でもどんな曲だったか、歌詞もメロディーも曲名も忘れてしまったな。
桜の頃に、雑木林、と言っても今は身近に雑木林なんかないので、結局は植物園や緑豊かな公園の中の木々の中で、あぶらちゃんと言う木に出会うことがあります。わたしは山茱萸の黄色の小さな花が好きですから、もし自分が上記のような質問を受けたら、山茱萸やマンサクを挙げるのではなかろうか。そして、あぶらちゃんのもっと小さな黄色い花もいいですね!江戸時代の長屋を舞台にした人情小説のような……って、ぜんぜん比喩になってなくて、目眩ましのようではありますが、たとえば落語の芝浜のラストシーンに感じるような気分を、花曇りの日の空を背景にしてあぶらちゃんの花を見上げると、思い出しました。
あるいは、形や大きさを例えるなら、金平糖のような花。雄花と雌花で微妙に花の形が違うそうです。
追記)ウィキペディアでオフ・コースの曲名を読んで行ったら思い出しました。その好きな花の話のあとにオフ・コースが歌ったのは「さわやかな朝をむかえるために」と言う曲でした。