あぶらちゃん その2

 前回に続き、あぶらちゃんの金平糖のような花です。いろはにこんぺいとう という童謡があったなあ、と思い調べてみたら、わらべうた、と書いてありました。童謡とわらべうたは定義が違うんだろうか?わらべうたの いろはにこんぺいとう は、いろはにこんぺいとう、こんぺいとうはあまい、あまいはさとう、さとうはしろい、しろいはうさぎ・・・と続く、ゲームのような歌だったことを思い出しました。調べるまで忘れていました。ところで、このわらべうたのことよりも、もっと上位の検索結果に矢野顕子のアルバムが出てきました。3枚目のアルバムだったとか。矢野顕子はファーストアルバムは、レコード時代ですよもちろん、買いましたね。古い歌謡曲の「丘を越えて」が入っていたことと「電話線」というカッコいい曲が入っていたな。昨日もこんなふうにブログを書いているうちに、記憶の中からオフコースの「さわやかな朝をむかえるために」という曲のことを数十年ぶりに思い出しました。今日は「電話線」という曲のことを同じく数十年ぶりに思い出しました。面白いのは、ともに、思い出したら同時にメロディーも思い出したということですね。記憶って言葉だけではなく、メロディーも記憶されているんだな。でもまぁ当たり前ですかね。それはHDDにテキストデータも動画データも画像データも音声データも記録されるのと同じだもの・・・でもなんか、言葉に変化されないまんま記憶されているってどういうことなんだ?ってちょっと思ってしまいました。より原初的な感じがしたからです。記憶にも生物的な生っぽい無濾過生元酒みたいなのがあって、メロディーの記憶は言葉以上にずっとそれに近いんじゃないだろうか?・・・みたいな?

 最近はみんな「××みたいな」と「みたいな」ばかり語尾につけてます。先日もNHKEテレの100分de名著の、芸能人で頭良さそうなHIさんも、みたいな連発してました。たまたまその番組が付いていたんです。むかしの映画やドラマを見ても、こんなに「みたいな」は使われてないと思う。「××のよう」と言ってただけですね。すなわち使われる言葉もどんどん変わっている顕著な例ですね。

 あぶらちゃんからは脂が捕れて、行灯に使われ、生木も燃えやすいそうです。これだってちょっと調べただけのこと。

 

みたいな - 続々・ノボリゾウ日録 by 岬 たく2013年のこのブログの記事に「みたいな」について書いてありました。みたいなが連発されるようになってからもう十年以上も経つんだな。