ある本を読んでいた日々とは

 5年か6年前だと思います、下北沢の古書店で見付けて買ってきたアレハンドロ・サンブラ著「盆栽/木々の私生活」という本。ずっと読まないまま本棚に立て掛けてありました。読んでみようと思い立った理由はわかりませんが、六月になり、この未読本を読むことにしました。それほど長くない小説なのに、十日ほどかけてさきほど読み終えました。本を読むのに時間が掛かるのは、その日数のなかで、読書に充てた時間がどれくらいだったか、と言うことで、その時間が濃いときは本の物語惹き込まれて先を知りたくて夢中になってるってことですが、では、その読書に充てる時間が少なくなる本が、夢中になれない結果なのかと問われると、きっとそうではないですね。すなわち読書に充てる時間が増えてるときの読書は、本に夢中になってる証拠になるが、充てる時間が減ってるときは、夢中じゃないという証拠にはならない。それから、こう書くと、他の用事やら仕事の忙しさによっても読書に充てる時間は増減するので、そのせいなだけじゃね?と感じる方もいるかもしれないけれど、まぁ、ここではそう言う外的要因は無い、と言うかそこは取り除いての話です。
 写真に置き換えると、ものすごく美しい絶景写真は、見てすぐに、綺麗!スゲー!などと感情が揺すぶられる応答性の高い初期から立ち上がる感動があるのでしょう。あるいはそう言うことを人の心に起こさせる、広範な支持を受ける要素を纏ってる、なんて言う理屈っぽい話かもしれません。もっともこの要素を、低俗だとか見飽きたとか新鮮味がないと感じる人もいるわけですが。
 だけど、最初はその写真の前を素通りしていた、見落としていた、最初は気にならなかった、そう言う写真が、何かの拍子、それはかなり鑑賞者の内的状態に、なんらかの外的な偶然が重なって、急に気になり出すことがある。急に心が揺すぶられることがある。そう言う体験は、簡単に言うと「あとに残る」「いつまでも覚えてる」ことにつながるんじゃないかな。
 とここまで書いて、灯台下暗しなんて単語が出てきましたが、まぁ、それはいいか。ちょっと違うし、たぶん。
 この本の読書は、今わたしが読んでるのは「盆栽/木々の私生活」ですと言う期間に読書してなかった時間も含めて取り込まれて、読書に費やしていた日々と言うことなのかもしれないです。紫陽花の写真を撮り、おろし立ての青いスニーカーをはじめて履いて街を歩きながら靴と足の相性を確かめたり、テレビの画面の中でとあるコンペティションの2次審査に敗れて泣き崩れる高校生の姿を見てもらい泣きしそうになり、そうなった自分はどういうことなんだ?と振り返りながら緑の美しい公園を通り過ぎたり、あるいは、とあるカフェで頼んだティラミスがおいしいけど小さくてとうとうキャロットケーキを追加してみたり、少し酔った夜に駅に向かう急な階段を降りるときに写真家の深瀬さんのことを思い出して手摺をしっかり握ったり、そんなことが多々あった2026年の6月上旬が「盆栽/木々の私生活」を、読んでいた日々だった、と言うこと。あるいは、「盆栽/日々の生活」を、読んでいた日々とは、言い換えると、紫陽花の写真を撮り、おろし立ての青いスニーカーを……以下は上記と同じ……のような日々だった。こんな感じです。
 ところでこの本の最後の10ページくらいを読んで、読み終えて、これを書いてるのは、実はスターバックスコーヒーの店内です。スターバックスにいて掛かる音楽が気になると、音楽を聴かせて演奏者と曲名を検索してくれるソフトで調べることがあります。この火曜の午前11時に、スターバックスでは懐かしい曲が次々に掛かります。知ってるけど、これ誰だっけ?なんて曲だっけ?と調べたり、調べるまでもなく知ってたり。ジャクソン・ブラウンの流れることは多い気がします。彼の曲の歌詞は世の中の悪や悲しみや諦めを歌うことが多いけれど、英語はよくわからないので、聞きながら歌詞からなにかを思うことはないですね。すると爽やかな印象の声や演奏がBGMに相応しくなるのかな。そのあとにはドゥービーズのマイケル・マクドナルドのすこすくぐもったような声が流れてきて、今度はジョージ・ベンソン、オーリアンズ、イーグルス。おや、またもやジャクソン・ブラウンです。さっきはプリテンダーだった、今度は、サムバディズ・ベイビー。スターバックスも午前のこの時刻にやって来る客層、年齢層を把握して、流す曲を決めてますか?怖っ。もしかするとAI社会とはこういう一例か。そのうち客を個人特定して、その人のSNSに書かれたことなどからピンポイントで選曲する時代になるかもしれません。
 夜半の雨がやみましたがまだときどき雨が落ちることもあります。低い雲は流れ続けています。スターバックスの広いガラス窓はよく拭かれています。窓ガラスの向こう、国道とのあいだに少しだけグリーンベルトのような庭があります。そこに黄色い花が数輪咲いています。わたしはスマホでこの文章を書いているので、近くを見るために、眼鏡を外さなければならなかった、すると、黄色い花は、近視眼にはぼやけてしまっています。ぼんやりとした黄色い花が、たまに風で、その風はトラックが走り過ぎて起きたのかもしれないな、花が風で揺れている。ぼやけていても、それはわかります。