目の前に海が広がる駐車場。雨。

f:id:misaki-taku:20200216151543j:plain

ソール・ライター展を観に行きたいが、新型コロナウイルスを考えると、人の大勢いるところへ行くことに、躊躇する気持ちが働き、昨日の土曜日も今日の日曜日も行けなかった。IMAのウェブサイトに載っている写真展情報を見ると、他にも行ってみたい写真展がたくさんあるのだけれど・・・残念。そのソール・ライターのことを思いながら撮ったわけでは決してないんだけど、帰宅して写真を見ていたら、なんだ雨の日にガラスの向こうの光景を撮ると、ソール・ライターみたいになっちゃうのかね、と思った。

葉山の県営立石駐車場は無料駐車場で目の前が海で、海側に海を向いて車を停めると、運転席に座ったまま、海を見ていることができる。晴れて空気が澄んでいれば海の向こうに富士山だって見える。そんなだから、満車になっていることも多い。今日は9:10に駐車場に到着した。雨なので、駐車場は半分も埋まっていない。最初は70-300mmの望遠レンズをAPS-Cカメラに装着して区切りのはっきりしない水平線を撮った。いったん車に戻り、32mmの標準レンズに切り替えた。フルサイズ換算50mm。それで、同じく水平線を真ん中に海を撮り、それから車の中に戻って、ジャズを聴きながら小説を読み進める。若い女性がラジオ局のパーソナリティをしながら成長していく物語。ときどき車の周りをこうして傘をさした人が通っていく。雨のなか餌を撒いて鳥を呼ぶ人もいる。最初にイソヒヨドリがやってきた。ついでセグロセキレイとスズメがやってきた。最後に鳩が何羽かの群れになってやってきた。もうイソヒヨドリセグロセキレイもスズメもいなくなった。

11時になった。駐車場の隣にあるレストランでなにか食べていこうと思い立つ。雨の日曜日で空いているとたかをくくった感じで行ってみたら、海側の席は予約でいっぱい。四人席に案内されたが、ほかの席も次々とやってくる家族連れやカップルで埋まっていった。海の幸のペスカトーレパスタを食べる。食後にホットコーヒーを飲む。

再び車に戻って、小説の続きを読む。結局、最後まで読み終えてから、雨のなか、帰ってきた。帰路、いつもは渋滞する日曜日の国道134号線相模湾沿いの国道)はがらがらだった。

f:id:misaki-taku:20200216155619j:plain

 

鎌倉散歩

f:id:misaki-taku:20200211182738j:plain

天気予報によるとしばらく続いている南関東の冬らしい快晴も今日までらしい。晴れているが寒い。カメラを二台持って鎌倉をぶらぶらと散歩する。カフェ・ロンディーノでポテトサラダのトーストを食べ、レンバイで野菜を見て歩く(少し購入)。次いで宝戒寺へ。梅とロウバイミツマタ(のつぼみ)と椿の花を見る。写真を撮る。スコップの写真も撮る。トタンで出来た小屋の写真も撮る。そこから数年か十数年かもしかしたら数十年ぶりに瑞泉寺に行ってみた。梅の花を咲かせている老木もあるが、全体的にはまだまだ。鎌倉駅近くのビルの二階にあるブックカフェで珈琲を飲みながらしばらく読書をする。途中で眠くなり、不覚にも眠ってしまった。それが一分なのか五分なのか十分なのかわからないのだった。

えっと、レンバイの話に戻りますが、たとえば大根でも、白だけでなくて黒いのや紫のや緑っぽいのや、いろんな種類がある。知らない葉物野菜もたくさんある。食べてみたいと思って見ているのではないな、植物の瑞々しい美しさを見たいのだと思います。

f:id:misaki-taku:20200211182806j:plain

 

梅を観に行く

f:id:misaki-taku:20200209210941j:plain

f:id:misaki-taku:20200209210955j:plain

小田原フラワーガーデンに梅見物に行く。11時少し前に到着。ほぼ満車の駐車場にぎりぎり並ばずに入れる。13時頃にガーデンを後にするときには長い車の列が出来ていた。いろいろな梅が芝生のなかに植えられている。満開を迎えているものもあれば、まだまだ蕾の木もある。白梅と一言で言っても、純白だったり緑を帯びていたり。紅梅も同様、いろいろな色。それを順に辿っていく。
フラワーセンターへと出かける前にNHKEテレ日曜美術館で写真家ソール・ライターの特集を見た。「誰もがモノクロのみが重要であると信じていることが不思議でたまらない。美術の歴史は色彩の歴史だ」写真家が言った言葉が紹介されていた。写真は「真を写す」と書くが、ボケ味をコントロールしたり、レンズの圧縮効果を使ったり、あるいはまさにモノクロを選ぶことで色を消したり、それはすべて真とは異なる作画だと思う。たまたま歴史がモノクロから始まったから、モノクロのみが重要という既存価値が維持されるなかでカラー化が進んだことは想像できる。

ゴールデンオレンジは美味しかった。右の蜜柑もなんとか言う名前が付いていた。これも美味しかった。

f:id:misaki-taku:20200209211014j:plain

 

チョコレートムース

f:id:misaki-taku:20200208164343j:plain

終日快晴。冬の南関東らしい一日だった。朝、平塚の国道129号線沿いにあるスタバに行って、チョコレートムースwithドリップコーヒーというのを飲んだ。冬だから暖かいココアみたいなのが飲みたいと思ったのだった。あとで考えると、あと六日も経てばバレンタインデイというわけで、それでチョコレートを使ったメニューがあったのかもしれない。そしてもしそういう背景の商品なんだとすると、なんだかそれを飲んだことがちょいと恥ずかしい感じもする。

若いころに読んだ吉本ばななの小説を再読していたら「道はいつも決まっている。毎日の呼吸が、まなざしが、くりかえす日々が自然と決めてしまうのだ」とあった。作家23歳頃に書かれたデビュー作。23歳!若い。

少し前に再放送だったのかもしれないが、養老孟司山下洋輔の対談をテレビで見た。番組の最後に、もうかなりの高齢のお二人に、将来の夢は?という質問がされる。山下洋輔が「僕は自分の人生は他人が作っていると思っているからこれからもそうやって他人が作った人生を生きていきたい」といったような意味のことを話していた。それに興味津々なのだという感じかな。すべて風任せ、ひょうひょうと漂い自分がどこに向かうのかも、傍観者として楽しむだけ、って感じなのかな?と勝手に解釈した。

午後、ここのところ休日にちょこちょことやっている「古いモノクロネガを見返して、マクロレンズをつけたデジカメで接写して、それをパソコンに取り込み反転して写真を眺める」を進める。これは90年代の後半に、今治だったか西条だったかに出張して、一泊して松山に寄ったときのスナップだと思う。

今朝のFM横浜のフューチャースケープ、自家用車運転中になんとなく聞いていたら、人は今起きたことが一時間後には50%以上忘れ、一週間後には80%だか忘れ、ひと月だったかな、そのくらいたつと90%近く忘れている、といったことが語られていた(ちゃんと数字を覚えていないので適当に書いてます)。誰かの「投稿」(いまは葉書ではなくてメールとかなんとかでしょう)にその話題が書かれていたのが採用されて放送されていた。

写真というものは、その忘れたところを、もしかしたら少し取り返す作用があるのだろう、なんてことはこのブログにもしょっちゅう書いてきた。松山に行った日が雨で、道後温泉に行き、近くの小さな美術館に行き・・・一枚の写真を皮切りに二度と思い出さなかったようなことが少しだけでも思い出された。

誰かとの思い出は、その誰かと一緒にいると、こうだったそうだったああだったそうだっけ、と一緒に思い出され、そこから新たな物語になって動き出すに違いない。そこから新たな計画が生まれるに違いない。

吉本ばななの小説を読んだので、コンビニのカツ丼を食べる。物語にカツ丼出てくるのです。

もう冬至のころよりは日が長い。それなのに時間は刻刻と過ぎてもう夕方か・・・という感じの土曜日だった。