急に秋らしく

f:id:misaki-taku:20191014205332j:plain

昨日は夏が戻ったような日だったが、今日は気温が20℃に届かないような曇天(小雨)の日だった。体育の日。午前、一昨日の台風の強風で若干のダメージがあった実家の様子を見に行く。午後4時頃、平塚の国道129号沿いのユニクロ眼鏡市場と共存?しているスタバへ自家用車で行ってみる。ドリップ珈琲とアップルシナモンマフィン。

先日発表されたノーベル文学賞ポーランドの女流作家オルガ・トカルチェクが受賞した。以前、2016年にこの著者の「昼の家、夜の家」を読んだ。本棚を探してみたらその本があったので(売っていなかった)再読を始める。読んで行けば、読んだことがあるということだけは判るが、ではこの話はこれからどうなるのかという物語の「あらすじ」はまるで思い出せないのだった。

スタバから戻って、今日はまったく写真を撮っていないこともあり、カメラを持って近所をぶらつく。ちょうど雨が上がっていた。今宵は満月のはずだが雲に隠れて満月は見えないのだった。雨でしっとりと濡れたアスファルトに街灯の光が映っている。涼しいこともあり急に秋を感じる。

f:id:misaki-taku:20191014205345j:plain

 

台風一過

f:id:misaki-taku:20191014202448j:plain

茅ケ崎では10月12日の午後9時頃が暴風雨のピークだった。台風19号伊豆半島から神奈川東京と関東を縦断して通り過ぎ、箱根をはじめ山間に大量の雨を降らせ、その雨が川にあふれ、下流の町では何か所も堤防が決壊して洪水が発生し、多くの被害と犠牲者を出した。その夜から一夜明けて13日の日曜日は台風が南の暖かい空気を運んできたのか強い日差しと気温の高い日になった。バスに乗って、自宅から茅ヶ崎駅に10:40頃に行ってみたが、駅ビルはまだ開店しておらず、スタバもやっておらず、JRの改札口にはシャッターが下りていて、何人かの駅員が立っていた。11:10茅ヶ崎駅発の湘南台行の路線バスに乗ってみる。横浜市営地下鉄正常運行中ということは運行情報検索で知っていたが、バスで湘南台まで出れば、気まぐれな散歩の自由度も格段に広がるのだった。バスは満員だったが、たまたまつり革につかまって立った前の優先席に座った老婦人二人が、席を詰めてくださり、狭いもののお尻を押し込める空間を作って「どうぞ」とおっしゃるのでお言葉に甘えた。湘南台まで40分くらい。ほとんどの客が私と同様の考えで、そこから横浜や都心へ向かおうという考えらしかった。湘南台横浜市営地下鉄の始発であり、小田急線も相鉄線も通っている。ちょうど昼時になったので、適当に歩いて見つけた居酒屋に入りランチメニューからホッケ焼き定食を食べる。休日の昼時の居酒屋ランチと言うと、あまり混んでいる店に行き当たった記憶がないが、この店には次々と客がやってきた。なんとなく聞こえてきた話によれば、居酒屋近くのとあるエリアが停電中らしい。そこで昼飲みしながら時間をつぶそうとやって来たと言っている中年夫婦は吟味して日本酒メニューを見てから「くどき上手」を注文している。私と入れ違いに入って来た男一人は、生と単品牡蠣フライを頼んだ。

地下鉄に乗り横浜へ。あまり歩いたことのない平沼橋の方へ行ってみる。行列が出来ている天婦羅蕎麦の店がある。まだオープンしているレストランが少ないのか、立ち食いうどんの店の前がごったがえしている。帷子川の水量は台風の翌日でぐっと増えているのだろうか。普段を知らないので、どうなのか判らない。町を歩いていても、台風のもたらした「爪痕」のようなところは見当たらない。むしろ夜に横浜の競技場で行われるラグビーワールドカップの日本対スコットランドをスポーツバー(やどこか近くにあるのかもしれないパブリックビューイングで?)観戦するらしい日本代表のユニホームを着た人や外国の方を多く見かけた。

夜に行われたその試合では28-21で日本が勝利したそうだ。

f:id:misaki-taku:20191014202530j:plain

f:id:misaki-taku:20191014202606j:plain

f:id:misaki-taku:20191014202619j:plain

 

不思議な雲

f:id:misaki-taku:20191006000801j:plain

昨晩、今日の最高気温は東京で33℃、茅ヶ崎市で31℃と予報されていた。実際にどれくらいまで気温が上がったのか、結果を調べていないが、気温の数字だけは真夏日だったに違いない。海風が吹いていたし、湿度は8月の本当の真夏の頃ほどは高くなかったのか、爽やかさは感じた。昼過ぎに茅ヶ崎の自宅を自家用車で出て、神奈川近代美術館葉山まで。途中、国道134号線は、江の島から鎌倉高校前までのろのろ進むが停まってしまうほどでもなく、その後は順調だった。美術館ではフィンランドのガラス食器などのデザインをしたカイ・フランクの展示。きれいでしたね。窓から外の光が入る奥の展示室で、一つのガラス食器の周りを歩くと、表面に写り込む部屋や窓からの光がうねって動いて行く。最近発売されたMazda3の外装の「うねり」の表現を思い出したりした。

美術館のすぐ下の砂浜から数百メートル離れた小磯の鼻と呼ばれる小さな岬(海に突き出た岩場)まで歩いてみる。まだ多くの人、でも多くの多くは海外の方のようだったけれど、海に入って遊んだり泳いだりしていた。小磯の鼻の上には公衆電話ボックスのような警察官が詰めるボックスがある。すぐ裏が御用邸だからだろう。そのボックスだけそこにあるのが奇妙だが、あとはこの岩場の上だけ芝生が生えていて、そこに小さなテント(というの?一人か二人が入れる感じのビニールの折り畳み式かまくらのような)をコロコロと置いて、のんびりと子供を遊ばせたり、読書をしたり、お弁当を食べたり、昼寝をしたり、恋人どおしがなんとなく微妙にくっついたり離れたりしている。

自家用車で今度は森戸神社近くへ移動。神社にお参りしてから裏の磯浜を歩いてから、参道脇の小道から赤い橋を渡り、砂浜へ。しばらく歩いてからバス通りへ入り、このあたりに来るとよく寄ることにしているカフェDaysで、ハーフサイズハンバーガーとトマトジュースで休んだ。この店の店内は洒落てますね。

ふたたび森戸神社裏に戻ると、さすがに夕日が沈むのを眺める名所だけあって、人が大勢集まっている。

そしてこの不思議な雲をみたのです。下の写真は日没後五分くらい経ったところで35mmのレンズで撮った夕焼雲。このなかにあるとき、上に向かってにゅるにゅると伸びていく雲を見たのです。最初は飛行機雲かと思った。目の前でにゅるにゅるってどんどん伸びるから。下の下の写真は70-300mmの望遠ズームに変えて撮ったその雲のあるあたりの写真です。にゅるにゅる伸びた雲の影が向こうの雲に影を落としている。これは、竜巻の尾っぽのような雲なのだろうか?などと考えた。

f:id:misaki-taku:20191006000818j:plain

f:id:misaki-taku:20191006000828j:plain

 

暗くなるのが早くなった

f:id:misaki-taku:20190929220018j:plain

目黒駅から権之助坂を下り、目黒川を渡ったすぐ先の右側ビルの二階にあるJAM PHOTO GALLERYまで公文健太郎写真展「川のある処」を観に行き、在廊していらっしゃった写真家ご本人と少しお話もできた。公文さんが被写体に向き合うその眼差しは、真摯で受動的で懐が深くて媚びがなくて礼儀正しい、そういう感じを受ける。それゆえにこの方の写真はいつも写真の王道に寄り添っていて力があると思う。

今回の展示はモノクロのフイルムカメラで撮った北上川の流れる周りの暮らし営みを見つめたシリーズ。入ってすぐ左の壁の一枚目。暗い(黒い)中に微妙な濃いグレーの諧調がきれいに残っていて、たいへんに美しいプリントだった。

若いころ、きれいなモノクロプリントとはこういうものか、とその美しさや精緻さに驚いたことが二度あった。最初はどこかのギャラリーで見たウィン・バロックの、有名な、草の上に裸の子供がうつ伏せで寝ているようなモノクロ写真で、これは大判カメラで撮られた写真でもあり、それまで見たこともないこれほどまでに精緻に解像した写真があるんだ!と初めて知った驚きだった。もう一つは、80年代前半に二子玉川高島屋?だったのか、そこに入っている額の店(特注の額などもやっていた)が、有名写真家のオリジナルプリントを販売する「試み」をはじめていて、そこで見せてもらった植田正治さんのモノクロプリントのグラデーションの美しさを見たときだった。80年代にオリジナルプリントを売ろうという試みはたぶん上手くいかなかったのではないかな。

帰りの東海道線、品川から川崎に向かい、川崎駅に到着する直前に電車は多摩川を渡る。このときにちょうど上の京急の鉄橋に赤い電車が走っていれば、もっとフォトジェニックな場面になったのかもしれないが、そんな偶然は訪れない。訪れない今日の私の見た光景がこれなのだからこれでいいのです。

急に日が暮れるのが早くなった気がしますね。小学生の高学年のころ、友達とキャッチボールをしていて、どこまで暗くなってもなんとかキャッチボールが続けられるものか!?遊びをしたことがあったが、私はキャッチボールの相手よりずっと早くボールが闇に溶け込んで見分けられなくなった。それは知らぬ間に、近視になっていたからなのです。暗い中から真っ白なボールが不意に現れて、それをなんとか捕球する。なんだか楽しかったです、そんな遊びも。

彼岸花

f:id:misaki-taku:20190929205829j:plain

鎌倉×彼岸花で検索を掛けると英勝寺や東慶寺や宝戒寺の名前が出てくる。そこで英勝寺に行ってみた。いつもとは違う入り口(いつもは通用門?今日は山門?)が設けられていて、境内もほぼ全域が散策可能になっていた。彼岸花は満開。入場してから右に曲がった小道の両側は真っ赤な花が覆っている。70-200mmくらいの望遠ズームや100mmくらいのマクロレンズで写真を撮っているカメラマン。子供用のデジカメを使っている小学校2年生くらいの女の子。着物を着た若い女性のグループは標準ズームの小型ミラーレスカメラ。そしてもちろんスマートフォンで写真を撮るカップルや家族連れ。大勢の人が同じ場所で写真を撮っている。私もその一人。私はフルサイズセンサーのカメラだが、レンズは安価な50mmとマクロも撮れる35mmの二本を持って行った。その二本で撮った写真がここに載せたような写真でした。なんだろう?気に入った写真が撮れたか撮れなかったかで、嬉しかったりがっかりする気分になったりもするが、今日に限って言えば、撮っているときが楽しくて、出来上がりの良し悪しにはあまり頓着していない感じです。こんなのが撮れました、というだけの話で。

帰宅してラグビーワールドカップの日本対アイルランドの試合をテレビ観戦。

鎌倉農協レンバイのある建物に入っているカフェとパンのパラダイスアレイでクリームチーズとチョコレートとオレンジピールの入ったライ麦のパンを一つだけ買って来た。夜遅く、それを四つに切って、うち一切れを食べた。美味しい。残りは明日日曜の朝に食べようと思っている。秋の夜長の入り口にそのパンを食べると、どういうわけかちょっと誇らしげな気分になった。どうしてか全くわからないが。

夕食後にごろごろとソファーに寝転がっていたら、一瞬だけ眠りに誘われる。そのときという訳ではないが、最近見た夢の、そのかけらのシーンが不意に思い出される。夢の中で、私は、小学校高学年から中学まで、音楽の授業で習うリコーダーを吹いているのだった。なにを吹いていたのか、どんな気分で吹いていたのか、その夢のそういう詳細は忘れてしまいました。

 

f:id:misaki-taku:20190929205930j:plain

f:id:misaki-taku:20190929205944j:plain

f:id:misaki-taku:20190929210022j:plain

 

Gallery Trax

f:id:misaki-taku:20190923165646j:plain

朝7時にいちど出発しようとして、しかし天気予報ではこのギャラリートラックスのある中央長坂インターのあたりは昼過ぎまでずっと雨予報で、辞めにしてして寝てしまった。8時半ころに起きたら、気分が変わっていて、ということなのかな、俄然やっぱり行こう!と思い、自家用車で出発。それが8:50頃でした。出発が遅れたし、圏央道から中央に入る八王子ジャンクションのところが渋滞するのではないか?と懸念していたが渋滞もなくすいすいと進む。ちょうど良く、ギャラリーの11時オープンに合わせるかのように10:55頃に到着した。開催中は若木信吾写真展「青い家」。会期があと一週間くらいだったから行ってよかったな。写真家の故郷である浜松の、観光地でもなんでもないだろう、暮らしのあるだけの土地で撮られたスナップのような写真が飾られている。タイトルの青い家は、鮮やかな青いペンキで塗られた家だが、では誰かアーティストとか建築家がなにかを表現すべく青い家を作ったわけではないのだと思われる。ただ暮らしのある土地で、そこの人が家を青く塗ったのだろう。鮮やかな青がいいと思ったんだよね。と、家の持ち主はおっしゃったかもしれない。私の住むマンションの近くにも、ちょっと普通に見かける家の色よりはずっと明るい青の家が一軒ある。そらいろのたね、だっけ?その絵本に出てくる青い(そらいろの)家のことをちょっと思い出したそうです、その家のご主人。もしかしたら浜松の青い家の持ち主も「その程度の」逸話があるかもしれない。数日前「リーチ先生」を読み終えました。原田マハの書いた、架空の?バーナード・リーチの弟子というか書生の亀之助を小説として据えて、その亀之助の目を通してバーナード・リーチやその周りの民藝運動の人たちを描いている。庶民の暮らしだけがあるそのあたりのありふれた町からどこかを切り取る写真家の目。目を通して写真家の頭によぎっている感情。それ(その写真行為)って風景の民藝運動のようではないか、などとふと思った。

ところでこのギャラリーはいい空間でした。奥の廊下にも絵や置物が飾られていて、そこを伝っていくと小さなカフェがあって、そこには二匹のおとなしい犬がいて。犬たちは寝転がって静かに庭を見ているが、客がやってくると俄然立ち上がって誰が来たのか見極めようとする。しかしおおむね一分もせずにまたごろりと横になりまどろみの時間に戻っていく。私と同じ時刻にやってきたおじさんが、珈琲を飲みながら、オーナーの女性に「別世界に来たみたいです」と言っている。

さて、私がこのギャラリーに到着したのはまさにオープンの時間だったのでたぶん今日の一番客だった。ギャラリーオーナーは昼食を予約した客のためにギャラリー内に大きなテーブルと椅子を並べていた。やってきた私を見て、清里のフォトアートミュージアムで開催しているロバート・フランク展を見てからここに来たのか?と聞いてきたので、そのフランクの展示はすでに始まったばかりのころに行って来て、今日はこのギャラリーが主目的です、と答えた。ここのところフランク展とここをセットで回ってくる若者が多いとのこと。それで少し話しているうちに、ロバート・フランクが先日亡くなったばかりで、それもあって客が増えているのかもしれないとおっしゃった。それで私は。フランクが亡くなったことを知らずにいたので(9/11に9/9に亡くなったというニュースが日本でも流れていたらしい)、このギャラリートラックスのオーナー女性から初めて聞いたので、すっかり驚いて一瞬言葉を失くしてしまった。まだ存命だった写真表現を大変革した巨星の一人だったという写真評論家的な書き方もできるが、そんなことより私自身がいままでずっと趣味とはいえ、写真を撮り、写真展を回り、写真集を集め、仲間と写真のことを話している、このことの底流には若いころ、二十代のころに何冊かの写真集を手にして衝撃を受けたことがエネルギーの源泉になっているに違いなく、そのうちの重要な一冊が「アメリカ人」だった。

帰りは大月から小仏トンネル抜けて八王子ジャンクションの数キロ手前まで渋滞に巻き込まれました。アクセルとブレーキをこまめに踏み変えながら、カーオーディオでザ・バンドの曲を流していた。いろんあアルバムを入れたHDDをアーティスト選択して全曲再生を選んだら、Aから順に曲が始まった。何曲か聞いていくなかには「アイ・シャル・ビー・リリースト」や「同じことさ」や「オールド・デキシー・ダウン」もあった。ロバート・フランクの頭にあった写真的なあれこれはどこに消えたのかな。アメリカの鱒釣りの墓場クリークの話のように、空高く釣り糸を投げると、フランクの写真的なあれこれが見えるようになればいいのに。

f:id:misaki-taku:20190923165703j:plain

f:id:misaki-taku:20190923165724j:plain

f:id:misaki-taku:20190923165742j:plain

f:id:misaki-taku:20190923165754j:plain

 

サーファーを眺めたり

f:id:misaki-taku:20190921234059j:plain

二週連続して土曜日曜月曜の三連休。二度目の三連休の初日。行き先が決まらないままにバスに乗り茅ヶ崎駅へ。ちょっと町の中華屋さんみたいなところで焼き餃子や炒飯を食べたくなる。茅ヶ崎には駅の北口には横浜飯店があり、列が出来ているときも多い。私が茅ヶ崎に引っ越してきた1989年に、もう数年早く茅ヶ崎に住み始めていたEさんから(だったと思う)横浜飯店の肉そばが美味しいと聞いて早速食べに行って、すごく美味しかった。以来三十年か、茅ヶ崎に住んで、横浜飯店の肉そばは美味しい!というのが私のなかの「当たり前」になっているが、その割には行ってないな。いつも列で、そこまでしなくてもいいや、という敬遠の気持ちが働くのですね。結局もう十年くらい行ってないのではないか?南口に、数年前まで「キッチンアオキ」という洋食屋があったのが同じ店主が洋食から中華に鞍替えして「横濱屋」になった。横浜飯店も横濱屋も美味しい上に、とにかく量が多い。ものすごい量なのに、私の癖としてどうしても焼き餃子は食べたい。今日は茅ヶ崎駅までバスで行き、駅でどうしようか逡巡し、茅ヶ崎市美術館で江戸の遊び絵展というのをやっていることを掲示されたポスターで知ったので、どこか電車に乗って移動するのをやめて、横濱屋⇒美術館⇒散歩(海見に行く)とする。横濱屋。カウンター席に滑り込む。入店前には半炒飯に餃子が浮かんでいるが、メニューに半炒飯は見当たらない(頼めば作ってくれそうではあるが)。で迷っているうちに隣の人たちが食べている炒め物?いやあれは、あんかけ肉野菜炒めが載っている麺だろうか?そこから漂う匂いが実に美味しそうに漂ってくる。私は中華麺を食べるとお腹を壊す人なので(・・・たまに大丈夫。店による。ここの中華麺はお腹を壊す、ここは大丈夫、とお腹を壊しつつ把握していかなければならないが、最近は7:3でお腹を壊し、そのときの腹痛が以前にも増して尋常ではない激痛で辛い・・・ので把握行為も滅多なことではやらない)麺は避ける。結局すごいボリュームの中華丼に六個もある焼き餃子を注文する。隣に老夫婦がやって来た。旦那さんは瓶ビール。夫婦で取り分けて、椎茸蕎麦と半ライスと焼き餃子。右側の細い体つきのお姉さん一人はもくもくと麺を完食。私も時間をかけて完食する。美味しいわけですよ。自分で小皿に作った餃子のタレに入れたラー油の量が多すぎたのが反省。この膨れた胃はどうなってしまうのか?その後のはなし。夜になっても空腹にならず延々と胃腸での消化が続けられている様子。(実は翌朝も空腹にならず抜きました)

美術館のあと、予定通り歩いて茅ヶ崎の海を見る。突堤の先端に一脚に超望遠を取り付けたカメラを載せた女性カメラマン(白髪混じりの長い髪の年配のカメラマン)がいてサーファーを撮っている。たしかにサーフィンにふさわしい綺麗で大きな波がときどき入ってくるようだ。ずっと波に乗って来て砂浜近くで波がくずれるときにサーファーも海に落下する。ということの落下のことをなんて言うのかな。沖にパドリングで出ていき、波をとらえてテイクオフして、とかなんとか、何十年前のサーフィンブームのころにサーフィンの用語をもっとみんな知っていて、いまはもう忘れてしまった。

ええと、サーファーがばっちり波に乗っているところも撮りましたが・・・

海辺でしゃがんだりもせずに写真を撮ると一番下の写真のように人の首のところにちょうと水平線が来てしまう。そりゃそうだろう。私は背が低い、とはいえ、まぁだいたいはそうなるよな。それはきっと写真のあるべきお手本構図としては良くないのかもしれない。でもしゃがんだりしませんよ。億劫だもの。これでいいのです。

上の写真は駅近くの小さなバー?スナック?のドアのあたり。蛙の置物と紫の柄の傘が写っている。それだけのこと。意味なんかない。

f:id:misaki-taku:20190921234114j:plain

f:id:misaki-taku:20190921234131j:plain