どうしてここに

 雨の木曜日。天気予報によるとこのあとも快晴の日は少なく、雨や曇りが多そうです。だんだん春に向かっているということでしょうか。

 上の写真は数年前の夏に撮ってありました。別段なんの面白みもない街の道路の写真・・・なのかな?この写真の右側に交差点があって、赤信号でミニバイクが停車している、ちょっと見るとそう思いますが、ミニバイクの向こうのワンボックスのタイヤは短いだろうシャッター速度のあいだにも少しぶれていて回っている、すなわち右に向かって動いている。だから右側フレーム外の信号は青なんじゃないか。ではミニバイクはなんで悠然と停まっているのか、なぜ跨った男性はハンドルに手すら持って行っていないのか?そう思いしげしげと見ると、なんでこの位置に停まっているのでしょうか?信号待ちの列に停まっているわけでもない。信号待ちで停まって、前方にいた車が動き出して画面外に消えたのに、それに気が付かずにぼーっとここに停車し続けているのか?男性は、でも、例えば手元のスマホを見て前が進んだことに気付いていない・・・ということもないですね、ちゃんと前を見ているし。こんなことに気が付くと、どうでもいいようなつまんない写真が、急に気になりだします。

 最近読み終わった本は一穂ミチの「光のところにいてね」です。昨年、文春文庫の「現代の短編小説セレクション2023」を読んだ中にこの作家の短編があり、面白かったのでアマゾンでこの本を買いました(程度のよい古本で)。あらすじは書かないけど、人生が一人で進むものとしても、同行二人であれば、そこにいろいろな感情が生まれる、それが大きな意味の愛の原点だとすると、その「一例」をピュアに示しているってことだろうか。

 

コロナの頃

 新型コロナウイルスが猛威を振るっていた頃のことを「コロナの頃」と言えば通じるが、これはいつからいつまでですか?2020年の春、3月頃から、五類になった2023年の5月までの3年間なのかな。では私が罹患した2023年の7月下旬~8月上旬は五類以降だったから「コロナの頃」じゃなかったのかといえば、そんなことはなくて、2024年の現在と比較すると、まだまだ脅威だった。実際いちばんひどかったのはいちにちかふつかだったけれど、きつかった。いや、いまでもコロナに罹患するとけっこう厳しいんだろうな。

 最近はカメラを持って街を歩いても、いわゆる街角スナップ写真で、自分が気に入る写真が写る率も実数もずいぶん低下してしまいました。街を歩いていて、視線をあちこち振りながら、森山大道さんは「目はレーダーのように」と言っていたが、ここと思うところでシャッターを押す。速射はデジタルカメラになってAEもAFも手振れ補正もずいぶん進化したし、ISO感度を上げることも容易だから、ずいぶん技術的なところは機械任せで大丈夫になった。残るはどこを撮ろうと思うか、そこにどう肉薄するか、いつシャッターを押すか(大抵は撮ろうと思った瞬間になるべく早く押す方がいいんだろう)、なんだけれど、わたしはノーファインダーも多用しながら、画面内の「構図」をじっくり作ることは、まぁ上の写真のようにその時間的余裕があるときはファインダーを覗くけれども、とにかくじっくり作ることは街角スナップにおいては稀です。そういう撮り方なのに、以前と比べると全然ダメ。街の「見方」が衰えて、面白いというのか、まぁここではそうしよう、面白い場面を見付けたり見極めたりすることが下手になったのか?それとも街で、そういう場面が起きる確率や回数が減ってしまったのか?肖像権問題もあるから、上の写真のように人をシルエットもしくはシルエットになっていなくても後ろ姿、あるいは点景で大勢の方がいてしかもブログに使うときには顔だけ取り出してガウスぼかしを付与したり、というように扱うことに慣れた、というかそう扱うという規定が知らず知らずに自分に出来ていて、それが気に入る写真の減少になっているのかな。もしも街の側にも原因があるのなら「コロナ後」になり、コロナとは関係ないいろんな「所作」にもコロナ的に「こうあるべき」「こうすべき」という規約が、正義感一本やりみたいな論調で暮らしを覆ってしまい、街がそのぶんつまんなくなったってことおあるかもしれない。とかなんとかこんな風に肖像権や被写体側のせいにすることも出来るけれど、実際はやっぱり写真を撮るうえでの「見つける力」「反射神経」のようなことが低下しているに違いない。

 それで最近の写真に使える写真があまりない気がするから、HDDの中へタイムトラベルのように昔撮った写真を見に行く。上の写真も2021年の写真だけど、もっとまえ、十年くらい前の写真はより面白く見える。

 ところで「コロナの頃」はステイホームとか、外に出るのは家族と、または一人で、などとよく言われていて、家にずっといると身体を動かさなくなり不健康だからとたとえばNHKTVでもいつもより筋肉体操的なのが増えていたんじゃないか。そして「コロナの頃」に撮った写真を見てつくづく思うのは、なんだそんな風に言われていたがゆえに、せっせせっせと、万歩計を見ながら毎日ちゃんと「ひとりで」歩いていて、だから家の近所のスナップがものすごく多いんだけど、それはともかく、実は「コロナの頃」の方が、いまよりよほど健康的に運動をしていたんじゃないか?ということです。これは私の個人的なことですよ。

 いまは在宅勤務の日は、一歩も外に出ない日もあり、それなのに「コロナの頃」のように始業前とか終業後に歩いてこようなど露ほど思わなくなってしまい、そういう日の歩数は数百歩足らずじゃないかな。私に関して言えば、だから「コロナの頃」の方がよほど健康的でしたね。飲み会もなかったし、外食もなかったし。

 写真の山影、いちばん奥は富士山、その一つ手前が箱根山、それよりさらに近いところは神奈川県の中郡あたりの丘陵地帯です。

この町に住む理由

 建国記念の日の振り替えで休日となった月曜日。相模湾のど真ん中で太平洋に注いでいる相模川茅ケ崎市平塚市の境界になっていて、その茅ケ崎市側に行ってみる。午前9:30頃。この写真の場所に着くほんの数分前に、この写真の右手後方には大きなゴルフ練習場(打ちっぱなし場)があり、その付近を歩いていたら、上空にたくさんのトンビが飛んでいて、私を狙って急降下してきて掴まれたり噛まれたりしそうな剣呑な雰囲気まで感じてしまった。えっ?鳥の目から見ると今朝の私はどこか体力気力が弱っていて、格好の食べ物にでも見えるのかな?と思い少しぞっとした。

 このあと、真っ直ぐ突き当たりまで歩くともうそこは河口で目の前は海原、そこから左折して海岸に沿ってずっと歩く遊歩道(自転車も可)が東へと続いている。そこも歩きました。遊歩道は海面より少し高い位置にあるから、広く海が見渡せます。日差しはもうすっかり春のようで海面にきらきらと反射している。風はないけれどそこそこの波が入って来ていて、黒いウェットスーツを着たサーファーたちの誰かが波を捕まえて乗ったり、捕まえそこなってあきらめる。例えば10人サーファーがいるとしてひとつのいい波にトライするのは2人くらいなんだけど、あれはボードに腹這いになりながら波を待っているその空間でお互いに場所やその他の情報を認識して、誰が乗る番、のような暗黙の了解があるんですかね?

 ジョギングの人と犬を連れて散歩に来た人、投げ釣りの人、そういう人たちがたまにいる。そういう風に見えているものを言葉にして確認しているだけで、ただ歩いている。

 犬って散歩をするためのきっかけ、すなわち動機なのか。それとも犬によって散歩をすることが必須にさせられたわけで、それまでは散歩をすることなどなかったのに、なのか。ま、どっちでも構わない気もするが、毎日犬を連れて海まで来ている人たちに、いつの日か「否応なく」もたらされる(気づいたらもたらされていた)何かがあって、それはきっと宝物のように良いこと・・・のような気がする。たまたま住んでいる地方に××が良く獲れるから、否応なくそれを食べ続けていたら、総じて身体がいつまでも元気だった、というようなことがあるが、この××同様な感じで、犬の効能がありそうだ。

 私はどうしてこの町に住んでいるのかな?とサーファーを見て思う。サーフィンはしないしこれからもしようとは思いもしない、犬は飼う気もないしそもそもマンションの規約で飼うことはできない、この町に仲のいい友人が大勢いるという訳でもない。バブル期のマンションは需要過多で横浜や湘南の新築マンションを片っ端から申し込んだが結果は外れ続け、いまも住んでいるマンションしか当たらなかった、というのが理由のひとつだけれど、でも海のそばに住んでいたかったんだろう。ということはこうやって海を見ながら散歩してときどき写真を撮るというこのことがまさに、この町に住んでいる理由なんだろう。

 せいぜいこのくらいのことは考えたかもしれない。

明日に架ける橋

 1970年代前半の話です。中学の音楽の授業で、音楽の先生の・・・いま思い出したのですが「あだな」が渋ちん・・・渋谷か渋井か渋川(敬称略)あるいはそれ以外の渋なんとかさんだったのかまで思い出せませんが・・・その渋ちんが、今日は音楽を鑑賞しましょう、といって音楽室にあったステレオ装置でLPレコードを聴かせてくれました。(ところでいまの音楽の授業ではどういうやり方で曲を聴くんだろう?)

 音楽の授業でクラシック音楽や合唱曲や、もしかすると伝統的な音楽や、世界のいろんな場所の音楽をみなで聴くことは、いかにも授業の一環という感じがするのですが、このときに渋ちんが聞かせてくれたのは、当時はまさに洋楽のヒットチャートの常連だったサイモンとガーファンクルの「明日に架ける橋」でした。アート・ガーファンクルのきれいな高い声にすっかり魅了されたものですよ。

 渋ちんはテストでもサービス問題があって、いまあなたが一番好きな曲をなんでもいいから書きなさい、というものだった。テスト時間の前半でほとんどの問題に答えてしまっていた私は・・・当時はブラバンの部長で音楽は得意だったのです(いまは声が枯れて高い声が出なくなり、鼻歌でさえうまく歌えませんが)・・・残りの時間をずっとなにを書こうか悩んでいました。この話もこのブログを16年も続けているときっと過去のいつかに書いた気がしますが、結局答案用紙に書いたのはその当時チャートの上位を争っていたシカゴというロックバンドの「クエスチョンズ67/68」。こういうのって書いたことがきっかけになって、そのとき本当はその曲が心底好きだったわけでもなかっただろうに、その後は「長い夜」「サタデイ・イン・ザ・パーク」とともにずっと覚えているシカゴの曲になりましたね。高校に入ったころにはじめて買った洋楽のLPレコードはフィフス・ディメンションだったけれど、その次あたりに買ったのがシカゴのベスト盤だったのも、このとき書いた回答がきっかけだったんだと思います。

 上に「シカゴというロックバンド」と書いたのは、わたしと同世代の方々、もう少しあとの世代の方々も、シカゴというバンドのことは知っているのが当たり前だったんだけど、いまや通じない人も大勢いるだろうと思って書きました。というのも先日、わたしより二十くらい年下の同僚がプレイヤーを買ってLPを聴いてみたと言っていたので、うちにLPがたくさん残っているよ、という話から、70年代80年代にはいまほどすぐにコンサートのチケットが売り切れるほどコンサートに行くという娯楽が一般的ではなかったのか発売後に街のプレイガイドに行けば有名なバンドのチケットも買えたしなんなら当日券だって大抵あったんだよ、ということを言いました。すると同僚が「たとえばどんなバンド?」と聞くから、最初に浮かんだ「イーグルス」と答えたら、「だれですか?それ」と返されたのですね。そういうことなんだな、サイモンとガーファンクルもだいぶ知らない人が増えているんだろう。きっとビートルズストーンズは知っていても、シカゴやイーグルスレッド・ツェッペリンやクイーン、ましてやザ・バンドとかイエスとかフリートウッドマックとか、適当に分野もごちゃごちゃに思いつくままに書いていますが、世代的に知っていて当たり前のバンドを実はもう誰も知らないと思った方がいいんですね。クイーンはさすがにまだみなさん知っているかな。大好きなザ・バンドはガース・ハドソンだけが存命で、とうとうロビーも昨年亡くなってしまった。まぁそう考えるとストーンズはお化けですね。

 というように「明日に架ける橋」→「渋ちんのテスト」→「シカゴ」→「LPレコード」→「忘れられて行くバンド」→「ロビー・ロバートソンの訃報」と思いつくままに書いていますが、そもそもなんで最初に「明日に架ける橋」のことを書いたのか?これは本日にNHKテレビで放送していた「サラメシ」で、明石大橋だったかな、橋梁の建材の劣化度を点検する仕事の人が取材されていて、それを見ていたらバックにサイモンとガーファンクルの「明日に架ける橋」が流れたということがきっかけでした。なんだかこの曲を耳にする回数がとても減っていて、久しぶりに聴いた気がしました。

 今年の春はたとえば梅の開花も一から二週間早いと聞きました(読んだのかな)。茅ケ崎市文化財に指定されている氷室家住宅の庭は氷室椿庭園になっていて、すごくたくさんの椿が植えられています。さすがに花が盛りとなるのは例年が3月中旬だから、早いとは言っても2月上旬ではまだそれほどは咲いていませんでしたが、中には紅侘助と木札に書いてあった椿などはまさに花の盛りだった。上の写真は紅侘助ではなくて、名前までいちいち憶えてないのですが、こんな風にひとつだけ赤い花が緑の中に咲いていました。来週はとっても暖かくなるそうです。

雪の月曜日

 夜の11時になりベランダから写真を撮りました。二時間前まで降っていた雪はもうほぼやんだようで、写真の真ん中に小さく写った帰り道を歩く方も、傘を畳んだ。一年に一回か二回、あるいは二年に一回のこの程度の雪で(雪の降る場所にお住まいの方からすれば、ちゃんちゃらおかしい「これっぽっちの」雪でしょう)、交通が乱れて右往左往するわけだけれど、その影響による経済損失額と、雪への備えのための対策投資を考えると、投資回収が見込めなければ、右往左往も仕方ないというのが社会。交通網の計画運休という手段も過保護のようでいて、結局は天気予報の精度アップとともに、まぁ悪くない策なんだろうな。

 雪はやんだけれど今度は北風が吹いている、いまは23:49。子供の頃に住んでいたような木造の日本家屋は風が吹くと雨戸のガタ(ガタがあるから雨戸はレールを滑ることができるからガタがあるのは当たり前)の分で音が出たり、隙間を通り抜ける風の立てるひゅうひゅうという音が鳴っていた。いまはロックするとほとんどガタのない二重サッシのガラス窓に、どんと風があたる。どん だけで がたがたもひゅうひゅう とも鳴らない。むかしの木造の家は、建材の木材が湿気や温度で伸び縮みしていたからか、ときどき木材と木材が組み合わさっている場所から、ひずみを開放していまの温度湿度に相応しい安定位置に動く、結構大きなピシっとかギギギというような音も立てていた。あぁ、こんな風に書くと、プレートの歪が開放される地震の原理のようなことだったんですね、あの家のきしむ音は。そんなわけでマンション住まいの今の夜は静かに過ぎて行きます。

 なにか楽しいことはないだろうか?次に読む本をなににしようか?今日はもう寝るとして、明日以降近いうちに、観ようと思ってまだ観ていない映画を観ようかな?

 そうそう映画といえば、今日の夕方にアマゾンプライムビデオで「メタモルフォーゼの縁側」という日本映画を観たのだった。劇中に出て来る、芦田愛菜が演じる女子高校生がはじめて描いてコミケに出品する漫画作品が、稚拙な絵と単純で純粋な身近な物語で、なんだかとてもピュアだった。明日の朝はまだ雲が垂れ込めているのな。その雲が切れたときに差してくる最初の一条の日の光はどこに届くんだろう?なんて青臭い感じのことを思ったりするわけです。映画の影響もあって。

 あ、また風がサッシをどんと押してきた。白い夜が更けていきます。

 

*2/6 7:40追記

この記事を月曜2/5の23:00台に書いて、送信ボタンを押したのは火曜2/6に日付が変わった後になっていたらしく投稿日が2/6になってます。面倒なのでそのままにしときますが感覚としては2/5のブログです。

天使の置物

 2月4日日曜日、南関東は午前は氷雨。昼前に上がったが寒い日曜日になった。最高気温は8℃だった。明日の月曜日はもっと寒くなり、午後には降雪の可能性もあるようだ。昼頃に、海沿いの国道を車で走り、横須賀市の県営立石海岸駐車場へ。無料の駐車場で、晴れていると並ぶときもあるが、今日はすんなりと停めることができる。むしろ海岸を散歩していたり立石の岩場の展望台から海を見ている人が数人しかおらず、パドルサーフィンやカヌーで遊ぶ人は一人も見えず、釣り客もいないのに、八割程度駐車場が埋まっているのはなぜなんだ?と考えてしまう。すぐそばのレストランの建物工事に来ている職人さんの車が、五台くらいはあったかもしれないが。すぐ近くの地味な(よく行く)レストランで、牛レバーと玉葱ソテーにライス小、食後にリコッタチーズの蜂蜜掛けとコーヒー。その後、少し立石海岸を散歩して写真を撮ってから車に戻り、ポッドキャスト番組を聴きながら読書をしていると、途端に眠くなり車の後部座席に足を折りたたんで丸くなって寝転がり、しばらく寝てしまった。だんだん車中が冷えてきたので目が覚めて、もう少し読書を進めてから、エンジンをかけて少し車内を暖めた。ずーっと前に買ったまま読まずにいた2017年に東京R不動産とUR都市機構が出版した「団地のはなし」という団地にまつわる作品を集めた本を読み切る。山内マリコと松田青子の短編、最果タヒの詩、ジェーン・スー佐々木俊尚の対談、茂木綾子の写真とエッセイ、カシワイの漫画、等。それからトイレに行き、自動販売機でミニッツメイドの柚子のホットドリンクを買ってきて車内で飲んでから、もういちどカメラを持って辺りを歩いてみた。

 ほんの少し雲の薄いところに水色の空が見えるところもなくはないが、どんよりとした低い雲が空を覆っていて、寒さがしみる。波はほとんど立たず、ほぼ無風で、その海面に胸が白い海鳥が集まって浮かんでいるが、みな首を畳んで丸くなって眠っているようだ。一羽だけが海面をすいすい泳ぎ、ときどき海に潜って行く。いちど潜ると長い時間浮上せず、潜った場所と離れたところに浮かんだのかな?とうとう潜ったあとが見つからない。

 砂浜にいる人たちは皆熱心に下を向いてなにかを探している。桜貝なのだろうか?私も彼らのいる場所に行って足元の小石や貝殻の中を探してみるが桜貝など見つからない。あるいは別のなにかを探しているのだろうか?わたしはいくつか小石を拾ってポケットに入れた。

 ここは砂浜の際まで住宅が迫っている。上の写真はガレージなのかな、ガレージの奥にちょっとした作業スペース、机や椅子も置かれている「主に男性が憧れる秘密基地みたい」な小屋なんじゃないか?よくわからないけれど、そういう小屋の入り口に置かれている天使です。数年前、今日と同じように休日を過ごした日があったのだろう、この道を歩くとき天使に気が付いた。そのときに撮った写真をこのブログにももしかすると載せたかもしれない。ここに行くとこれを撮るという極私的な定番被写体というのがあるもので、せいぜい年に二度くらい、今日のように休日を過ごすときに、この小屋の前の道を歩くとこの天使を撮ることになっている。そして写真を撮る行為はそのときの光景が写真プリントやモニターで見なくても、シャッターとともに記憶される節目になっている(シャッターを押さなかったときに見ていた光景より押したときの光景の方を覚えている確率が高いと思う)。そしてその記憶によると、いつも曇っているときに天使を見ている。これはたまたまではなく、天気がいまいちの日に特に予定がないと、立石海岸で車中読書でくつろごうと思い立つことになっているんじゃないか。そしてこういうのは思い立って妄想したときがいちばん素敵で、実際にそうしているときはそれはそれでリラックスしているものの妄想までは届かない。なにしろ身体を丸めないと眠れない狭さなんだから・・・。とにかくも、今日もまた曇りの日にこの天使の前を通り、今日はいつになくずいぶんたくさんの写真を撮ってみた。波打ち際を犬を連れて散歩してる人がぼけて写っている。このぼけの程度はここまでではなく、もう少しはっきりとした方がいいんだろうな、写真テク的にはね・・・どうでもいいけど。

 結局、12時に到着して16時過ぎまで過ごしてから帰宅しました。たまに駐車場の空きを待っている車が2台か3台列になっていることもあったが、とくに14時半以降はいつでも停められる感じだった。帰り道、西の空だけほんの少し雲が切れて、そこから日の光が差し込み、海面が光を反射して光っている。材木座海岸由比ヶ浜は砂浜にいる人たちがシルエットになってフォトジェニックな感じになっていた。それを眺めながら、帰りましたが、当然運転しているから写真には撮っていません。

 もう一枚、秋谷海岸の写真を下に貼っておきます。画面中央から少し右に赤い鳥居があり、その右に肌色のような不思議なかたちの建物があり、その建物の手前に被るように写っている平屋の地味な小屋が見える。それが天使の置物のある小屋です。

曇り空を背景にした梅の花

 江ノ電江の島駅から海と反対側、湘南モノレールの駅も通り越して少し行くと常立寺があり、枝垂れ梅の白梅と紅梅が並び、ほかにも枝垂れではない梅の木もある。先日の曇りの日曜午前に1970年代の100mmマクロレンズAPS-Cサイズセンサーのミラーレスカメラに付けて撮って来ました。だけど枝垂れ梅をアップも含めて何百枚か撮った写真は自分で気に入る写真が見つからず・・・こんなのはもしかすると数か月または数年するとよいと思う写真が現れるかもしれないのだけれど・・・この写真は枝垂れではない白梅の木のいちばん上の枝に咲いた花を曇り空を背景に、露出をプラスに振りながら撮った写真です。こういう白の中に枝の黒い線があまりごちゃごちゃはせずに横切り、数片の少ない花があるようなシンプルな写真を撮るときには、日本画の襖絵を思い浮かべてしまう。この木の花は梅にしては花弁の先っぽがちょっと尖っていました。その個性がいいなと思い、これもたくさん撮りました。

 東京の日の入り時刻が一番早かったのが12月上旬で16:28、そこから今は約ふたつき経って17:06になっています。でも寒いからか、30分も遅くなったという実感はあんまりない。さらに日本の西の方へいけば、例えば関西なら、もう17:30より遅くなっているのかしら。

 梅を見物したあとに、久しぶりに江ノ電の江の島駅から小田急片瀬江ノ島駅までの商店街?観光店舗の並ぶ道を歩いてみると、ずいぶん店が変わっていましたが、老舗の古びた店構えのパンの湘南堂が健在だったので嬉しかった。食べたかった調理パンはまだ出来ていなかったのでなにも買わなかったけれど。そして片瀬江ノ島駅前のすぐ先で海沿いの国道134を潜り、海の上の橋を数百メートル歩くと江の島に渡れます。この日は湘南マラソンの日で江の島がゴールだったらしく、しかもちょうどゴール後の人がごった返している時刻に当たってしまって、ちょっと見てみたかった江の島ヨットハーバーの建物も、女子更衣室に使われていて入り口で立ち入り禁止と言われました。そりゃそうですよ、男子ですから。

 そのうちに雲が切れて日がときどき差してくるようになりました。花の写真を撮るときは影が濃く出ないように曇りの日がベストで晴れの日は避けなさい、とこの前見たYOUTUBE番組でマクロで花を撮るプロカメラマンが言っていましたが、それは一般論なのかもしれないけど、そしてそういう写真の良し悪しを決める尺度があるのかもしれないけれど、けれどもけれども、日の光を浴びて明るく輝いている方が好きです。影が出たっていいや、そういう暖かい中で写真を撮ったり撮らずに花を眺めたりしているのが良き休日だと思いますね。そんなわけで日が差してきたから、もういちどお寺へ引き返そうかと思ったのですが、なんだかもうすっかり疲れてしまい、それは断念しました。

 最寄り駅まで戻って来てTully'sによってホワイトチョコレートを削ってホイップの上に更に載せてある甘い甘いミルクティーを飲みながら宮下奈都のライトエッセイを読んで過ごします。途中数分居眠りをしたと思う。こんな風に日曜日を過ごしました。なんだかいちにちがスーッと過ぎて行く。夜、日曜美術館再放送で坂倉準三の特集を観ました。新宿西口広場の地下に車が降りて行く巻貝みたいな螺旋状の二つ並んだスロープをちゃんと観ておきたいものです。