時のながれ

 3月の20日頃にフイルムカメラで撮った新緑の写真です。フイルムを四本か五本撮りためてから郵送現像に出し、一週間ほどでデータがダウンロードできるようになり、その数日後に現像あがりのフイルムが送られてきます。撮ってから写真を見るまで、すこし日を経る必要があるわけで、花が咲き散り、裸の枝に新緑が目覚め、あっという間に葉を大きくしていく、その変化が早い春だから、写真を撮ってから見るまでのあいだに、もう季節はさっさと進んでいます。だからフイルムで撮る写真には最初から懐かしさを纏っている感じがするのでしょうか。

 写真のことはさておき、自分の感覚として、日々を過ごすなかで、なんだか季節の進みに追いつけない感じがしますが、若いころはそうではなくて、まだかまだかと季節を先取りして、振り返って季節に早く来いよ!って手招きしていたんだっけ?そんな感覚のことは忘れてしまいました。

 いつまでも衣替えをしないで、冬服を着ているのが、季節に追いつけない一例。もう夏のような服装でいるのが、季節を先取りしてる。そう考えると分かりやすいけど、そんな簡単な感覚ではなかったのでしょうね。次に何をしたい、何かを手に入れたい、何かを待っている、はやくこうなりたい……計画、それは来月に誰かのライブに行く、でも構わない、計画がたくさんあると、結果として、季節を先取りするようになった?それもなくはないな、だって情報誌はいつもひと月くらい先のことを書いてあり、そこに心躍らせていたんだものね。てことは、最新の流行りを追い掛けることに夢中になってる世代の感覚が、そうでなくなった人たちとは違うって言うだけなのか??若い頃にはヒット曲のベストテンを、日本の状況はテレビのザ・ベストテンで、洋楽はベスト・ヒット・USAで、知ることは楽しみだったし。しかも、初登場のときはすでにその曲が出てることをラジオなどで聴いて知ってるものだった。ジャズの新譜はスゥィングジャーナル誌のディスク紹介コーナーで仕入れて。これはポピュラー音楽の例だけどほかの分野にもそう言うことがあったんだろうな。これっていまのスマホでちゃちゃっと何でも調べられて、なんなら情報が目に留まるよう、向こうから湧いてくるようになってから、むしろ、先取りの情熱が薄れ拡散したってことで希薄になった感覚なのかもしれないな。

 でもそういう知りたい欲求は、若い日々の特徴かもしれない。佐野元春の「SOMEDAY」の歌詞に、手遅れと言われても口笛で応えていたあの頃/誰にもしたがわず/傷の手当てもせず/ただ/時の流れに身を任せて、という歌詞があります。そのあとに続く歌詞には、いつかは誰でも愛の謎がとけて/一人きりじゃいられなくなる、と続きます。この歌詞の主人公の言う「あの頃」って例えば19歳のことで、いまひとりきりじゃいられなくなった主人公は、たとえば26歳くらいなんじゃないか。あの頃、と言うということは、自分がすっかり変わってしまったと、愛について知りたいと言う欲求があったかどうかはわかりませんが、否応なく愛の謎が解けた、という感覚になるのに7年。その変化があるから、振り返ってそう思える「昔」ってこと。でも例えば50歳から7年経った57歳までのあいだで、これほどの、愛の謎が解けるほどの精神面での変化って起きることは少ないと思うわけです。57の人が50の頃を振り返って、世の中や自分を取り巻く周りの変わった点を挙げて「あの頃は……」とは幾らでも言える。会社の組織図ややってることやメンバーも7年あればがらっと変わることもある。でも57の人が50の頃の自分を振り返って、あの頃は愛の謎が解けてなかったな、と思うようなことは少ないんじゃないかな。すなわち、若い頃は放っておいても変化せざるを得ないんでしょう。それが放っておいたら変化せず安住するようになる。まぁでも生きてる動物はすべからくそういうもんだからそれでいいのか?

 勿論、それでいいんだよ、とも思わないわけでもない。無鉄砲な若者は社会として容認できる弾力性があってもいい気がするけど、無鉄砲な爺さん婆さんは、大抵において迷惑極まりない……のかな。

 ちなみに写真は40mmF1.7レンズの着いたnewCanonetQL17を使い開放絞りて撮影。

 

三現主義と遠距離恋愛

 現場・現物・現実を指す三現主義って言葉がありますが、まぁ使われるのは、大抵は仕事においてですけどね、でもいい得てる、いい言葉だと思います。すなわち机上の空論ばかりをこね回すのではなく、現場に行って見てから考えろ、と言うことです。刑事ドラマでも、現場である所轄に対して、派遣されてくる頭でっかちの本庁の人たちは、大抵のドラマにおいて、現場を知らないのに権力ばかり振り回す煙ったい使えない人たち、として描かれますね。やはり現場を見ておくことは一番の情報なのです。

 最近、そうか!と思ったのは、遠距離恋愛にあてはめて三現主義を考えたからです。遠距離恋愛が終わらずに、そのままうまく進む確率は、一般的には低いと言われていて(定量データは見たことがないので「言われていて」と書きました)ますね。その通説通りに、恋人と別れることになった人も、それを乗り越えてうまく続いた人も知っていますが・・・。この、遠距離恋愛って、結局、恋人たちが一緒にいて現場・現物・現実を共有する機会が減ってしまうってことです。恋人たちが、デートをし、美味しいものを一緒に食べ、いろんな話題について語り合ったということ、六感を動員して近くにいる恋人のことがインプットされ続けること、これが恋愛における現場・現物・現実に相当するのでしょう。遠距離等の理由でなかなか会えなくても、それらの感覚を補う手段として、まぁいまであれば、メールとかラインとかテレビ電話とか、そこを補佐するようなツールは増えているわけですが、それって仕事でいえば、パソコン画面に顔を映して行うリモート会議に相当するわけで、本当の「一緒にいること」でえられるインプット量には及ばないわけです。恋愛において現場で起きていることに置き換えると、簡単な例で言えば、スキンシップが不可能、ということがわかりやすいかもしれません。すなわち遠距離とは三現を実現できない状況というように思ったわけです。遠距離恋愛に対して三現恋愛という単語はないけれど、あるとわかりやすいな。

 そう考えると、恋愛は一例で、なににおいても、三現って大事なんだなとわかった感じがしました。仕事で知った言葉ではありますが、これは重要だと、遠距離恋愛に当てはめて考えてみたら、ますます腑に落ちました。

 ところで、この三現主義の効果をより効率的に獲得するもののひとつが、飲み会なんだと思います。飲み会じゃなくても深く知り合うほかの手段があればそれでもいいとは思います。会社でいえば、研修でのグループワークとか自己紹介とか、それなりにコミュニケーションが進むシステムはなくはないですね。さて、こと飲み会に関して書くとすると、実はわたしはほとんどアルコールを飲めませんし、若い頃には会社の飲み会出席率はとても低い社員でありました。仕事で成果をちゃんと出しているんだから、付き合いの飲み会なんか、行かないです、行きたくありません、と主張してとんがっていました。いまもそう思う、すなわち、行きたくないのに行く必要はないですし、来ないやつはダメとも思わない。ただ、若い頃と自分が違ってきたのは、飲み会とは、三現主義を効率的に進めてコミュニケーションが進む(わかりあえる)効果があるんだな、とその効果を認めるようになったってことです。あるいは誰かと誰かにつながって欲しいから飲み会を設定しよう、と思うようにもなりました。まぁ、その結果として月に五回も、多いときは十回も、飲み会があって・・・楽しいわけですが、出費は厳しいわけです(笑)

 世界の為政者たちは、戦争の現場に行って、現場で現物や現実を目にすることはないですね。というか、そういうことをしたら、戦争などできなくなるから、自分を冷徹に俯瞰した一番高い視点において、政治的決断をするために、三現主義を否定するべき、とでも思っているのでしょう。二度の世界大戦の直後には、そういう為政者たちでも否応なく戦争の悲惨さを目にせざるをえなかったから、すこしは戦争を避けようと、いまよりは思っていたんじゃないか。だから第二次世界大戦後、すくなくともこんにちまでは次の大戦が起きずに来た。だけどもうそれも途切れるかもしれないです。

 レイ・ブラッドベリがなにかの長編小説のなかで「愛とは知ることからはじまる」と書いていました。なにか不利益を被ったとき、その相手をなにも知らないと、ときには怒りにまかせて相手を殴る、そう言うことがあったとします。だけどその相手を少しでも知っていたら、なんで自分の不利益になってしまうのに、彼はこんなことを自分にしたんだろう?と、殴る前に考えることが生じるかもしれません。どうしても納得できずに怒りが収まらなくても暴力は我慢するかもしれません。これは、知っているから愛が生まれていて、その小さな愛の芽が「どうして彼はこんなことを私にしたんだろう?」と相手のことを考える一瞬を作る。だから知ることが大事なんだと、そういうことを書いているんだと思って、若いころ、その部分に線を引いたものです。

 写真とはぜんぜん関係のない、教訓めいた、まじめくさった話になりました。

 そうそう、遠距離恋愛って、そのいつでも会えるわけではないという制限の程度によっては、むしろ恋愛継続の力になるってこともあるかもしれないです。カレーの五辛が美味しいと感じる人もいますしね・・・

 いつか再訪しようと思っていた、若いころに何度か仲間と食べに行った美味しいけどめっちゃ辛いカレーを出してくれた祐天寺のカレーの店が閉店してしまった・・・

 写真は今日の文とは無関係です。

 

椿園

 日曜日、午前は薄曇りでしたが、昼前から晴れてきました。カメラを首からぶら下げて、財布とカードとスマホと交換レンズを入れたバッグを背中に回し、自転車で椿の花を目指して漕ぎだしました。椿園に行く前に、そうですね、年に一回か二回行くNという蕎麦の店に寄り昼食を食べました。この店は所謂お蕎麦屋さんらしい、ざる蕎麦や天ぷら蕎麦がある一方で、創作蕎麦がありまして、いつもはそれでも定番のものを頼むのですが、今日は、蕎麦つゆにアボカドペーストと細かく刻んだ玉ねぎを和えたソースを蕎麦の上に掛け、生ハムを載せ、さらにパルミジャーノを振りかけた創作蕎麦を食べてみました。爽やかでした。

 写真は茅ケ崎市の氷室椿園です。椿の一番の見ごろは3月のお彼岸の頃です、と、入口の説明書きに書いてありました。だからもう3週間くらい、例年の最盛期を過ぎた頃になります。あるいは、今年は早く春が来ているようなので、もう最盛期から4週間を過ぎているのかもしれません。その最盛期に当たるころはどんな感じだったのでしょうか、ここには毎年行っているので、いつかの年にはその最盛期にぴったりと合っていたのでしょう。かといって、過去の日のことを明確に覚えているわけではないですし、最盛期が一番よかっただろうに、などと小さな後悔も浮かびません。

 今日、わたしはそこに行って、今日の椿園を散策して、真昼の陽ざしと風が作る風景を、人の目よりずっと被写界深度が薄い一眼のカメラのファインダー像で見て、ほぉ綺麗だな、と見とれてきました。よく、カメラを覗き込んでいたら、目の前のリアルを見ていない、それは勿体ない、と言う場合があります。目の前を自分のお子さんが全速力で駆け抜ける運動会において、ファインダー越しではなく、直接見ることが大事、と思う気持ちはよくわかります。だけどほとんど訪問客のいない椿園で、光がさし、風が吹き、葉や花がすこし揺れている、そこをまず自分の目で見定めて、つぎにファインダーで見ると、レンズが結んだ像は人の目よりずっと被写界深度が薄いから、そこには人の目で見える光景とぜんぜん違う映像、そう光景ではなく映像、それが見えるのです。すると万華鏡を覗いているように、そこに浮かんでいる背景や手前の丸いぼけが、風に光が揺れると、ファインダーの中でも海月がたゆとうように、ゆらゆらと明滅するのです。シャッターを押すのをしばし忘れて、あるいは写真を撮ることよりもその様子を眺めるために、ファインダーを見つめます。もちろん目の前のリアルを人の目で見ることも素敵ですが、レンズが結んだ像をファインダーで眺めることも、それはそれで、比較するようなことではなく、楽しいことだと思います。こんなことはいつも思っているわけではないですね。なぜかこの椿園に来るとそう思います。上の写真でいえば、ピントの合っているピンクの椿の花の向こうに、白や青や赤の、海月のような雪洞のような「丸ぼけ」が浮かんでいますが、これが風が吹いて葉や花が揺れると、ゆらゆらと動いたり明滅するわけです。それを見ているのが楽しいわけです。ときどきそれを記録して持ち帰ろうかと思い、動画も撮ったりしますが、でも後からはあまり見なおさないものです。

 ↓椿園にはもうすぐにでも開きそうな、ロケットのような形のたくさんの蕾を付けた赤い躑躅もありました。

 

鎌倉

 4月8日晴れ、少し風が吹いている。南風。砂浜にいると、ときどき頬に砂粒が当たりました。昔からあるパン屋のNで、ソーセージの入った揚げパンと、ソースを掛けまわしたハムカツとせんキャベツをはさんだパンを買いました。そして海浜公園の古ぼけた木製ベンチに座り、頭上を飛び交う鳶や烏に気を付けながら、二つのパンを食べました。目の前の広場で小学校の2年か3年生くらいに見える男の子と、そのお母さんがサッカー遊び、30mくらい離れて、ボールをけり合っています。キャッチボールという単語があるから、二人で足でボールを蹴り合う遊びにも名前があってもいいのに。トラップボールですかね?ボールを蹴るお母さん、サンバイザーをかぶり、黒いシャツに白っぽいパンツを履いた小柄で小太りのお母さんは40歳くらいでしょうか?驚くほど、ボールを蹴るのがお上手でびっくりして見ていました。バウンドに合わせて、ときにはボレーでボールを返している。その上空の鳶、私はもうとっくにパンを食べ終わったから、もう襲ってきても無駄だよ、と思いながら見上げていると、目に見えない風の流れに乗ったのか、西から東へ、すーっと一度も羽ばたかずに流れるようにスライドしていきます。見上げていると、そんなふうに滑ってスライドして飛んでいるのは、烏もそう、ヒヨドリも、あるいは鳩も、空気の流れ=風に色があったら、一体どれくらい複雑にこの空間を流れているのかな、と以前も思ったこと(そして以前もたぶんブログに書いたこと)を思いました。

 火曜と水曜は定休日の店が多いようです。行きたかったスペシャリティコーヒーの飲めるMもお休みでした。

 一昨日、すこし喉が痛くなり、これは風邪を引いただろうか・・・と心配しましたが、すぐに回復しました。昨日、衣替えをしたのですが、まだ早すぎたかもしれない。まぁでも用心して、ウールのカーディガンや、フリースのパンツも、それぞれ一枚は仕舞わずに残してあります。

 

 一番上の写真は1950年代に製造販売されていた28mmF2.8のレンズをAPS-Cサイズセンサーのミラーレスカメラに取り付け、絞り開放にして撮りました。でもこのレンズが製造された当時、快晴の外でこんな風に絞り開放で写真を撮ることはあまりなかったと思います。いまのカメラはその頃のカメラと比べると、超高速シャッター速度が備わっているので、明るいところでも絞りを開けることが簡単に出来るようになり、古いレンズを開放で使うときの、解像度やらの定量評価出来る項目で言うところの、あまり点数が高くない画質が、白日の下に晒された感じです。当時は部屋の中や夜にだけ、適正露出を得るために「やむをえず」絞り開放にしていたことがほとんどでした。すなわち「オールドレンズだから一番上のような写真が撮れる、これが当時の写真だ」というのは間違いです。すぐ上の写真は絞りをF8くらいまで絞りました。すると一番上の夢のように写った写真が、リアルな目の前の記録に少し近づきました。このすぐ上、二枚目の写真が当時、普通に撮られていた写真です。大きく引き伸ばせば今の時代のレンズで撮った写真には及ばないところが多々見つかると思いますが、こうしてブログに載せるにおいては、十分高画質になりました。「オールドレンズを最新のミラーレスカメラに取り付けて、高速シャッターを生かすことで、レンズの絞りを開放にセット出来れば、当時も滅多に撮られなかったようなふんわりとした写真が白昼に簡単に撮れるようになった」「それが、高画質なリアル写真を見慣れている私たちには、むしろ好ましい感じに見えることがあります」と言うことで、一番上の写真も、古い、ではなく、2020年代の今に同時代的な写真とも言えると思います。

(人が写った)ストリートスナップ考

 今日はストリートスナップについて思うことを書いてますので、関心のない方にはつまらない話です。

 カメラを首から下げて、街を歩いて、あ!と思ったところを、立ち止まりもせずに、写真に撮ります。
 以前、NHKテレビで木村伊兵衛の特集番組を見ていたら、すれ違いざまに相手に気付かれないまま写真を撮ると、木村伊兵衛は「粋なもんです」だったか「乙なもんです」だったか、そんなことを言ったらしい。居合抜きのよう、と言う解説もあったかもしれません。
 最近話題の金村修著の『写真批評』という本には、ブレッソンも木村伊兵衛も、そこから続く街角スナップの写真家達のやってることは、これ全部盗撮で、それでも目の前の光景をとにかく撮っておきたい人達はそれをやめられない、と言うようなことが書いてありました。いまの社会通念を過去の時代に当てはめると、巨匠もとつぜん軽犯罪者に変わる、と言うことでしょうか?
 それから、写真を撮る目の前の光景は一つとして同じものはない。同じ場所、同じ時刻でも、光の加減、街の変化、人の配置、人の着ている服や人数やのアレコレ、それが一致することはないですね。だからストリートスナップ写真は誰が撮っても違う。誰が撮ってもその誰かだけの独自の写真になります。ここがミソ、と言うか勘違いを生む元で、簡単に、私の写真、私だけの個性、なんだと撮った本人も思うわけです。
 でも胸に手を当ててよく考えると、こういう場所で、こういう光の具合で、こういう人の配置で……と眼の前の光景が、とある「こんな感じ」に合致しているとそこを撮る、と言う、無意識の基準があって、その基準を独自に編み出しているのなら「私だけの個性」なのかもしれませんが、それこそブレッソンの写真を見て、木村伊兵衛の写真を見て、森山大道の写真を見て、あるいはそういう人たちの写真を見た人たちが撮った大量の写真に接してきて、今の世の中ならそう言う大量の写真が上がっているSNSで、どんな写真を撮れば上手いと言われてイイネがたくさん付くかを無意識的かもしれないけど学習してしまい、それらが心の中の記憶領域に大量の参照画像のサムネイルとなっていて、そこに極めて少々の個性のふりかけが振られてるかもしれませんが……結局こうして出来上がってる世の中の全体認識で作られた漠然としたスナップ写真はこうあるべきと言う規範、基準、お手本に、従ってるだけなんです。まぁ、人それぞれだから皆そうでしょ、とは言わないけれど、少なくとも私はそうです。だけど上に書いたように眼の前の光景がいつもいつも一期一会でひとつとして同じ瞬間が無いことに助けられているわけです。
 そこに持ってきて、最近はブレッソンや木村伊兵衛の時代と違って、肖像権が主張されるので、彼等が撮ったような写真を真似た写真のうちで、比較的に「これいいじゃん、いいの撮れたねぇ!」と思ったものがあっても、どこかに発表なんか出来ない。いや、ここは考え方次第で、インスタグラムを見てると、そこは何も気にしてないと思われる人もいます。家から出ればそこは社会的空間なのだから、人目にさらされることを承知していることになり、だったら撮ってもいいでしょ、と言う考え方もあるし、公共空間でかつ同時に多人数が写っているから構わないと言う人もいます。というか観光地の人混みのなかだとスマホで記念写真を撮っただけで、その背景には公開したら肖像権についてなにか言われかねない人の写り方をしてる、それがいけないとなると誰だっていけないことをしてますね。そんなわけで気になる人は公開前に顔にぼかしを入れたりします。そのうち個人特定不可能でだけど、しかし自然な感じに見えるようにAIが写真を加工してくれるのかもしれません。
 だからストリートスナップの人たちは花とか鳥とか風景とか人のいない街とか建築写真に転向した方が無難ですね、しかし、眼の前の光景を何時だって撮りたくなる性(さが)の人には、そんな別分野には興味がないです、となるわけです。
 最近はそれに勘案してか後ろ姿やシルエットで街行く人を撮る写真も増えてます。一見してカッコいい写真に見える。だからもうこれだってもはやお手本と規範のある類ではあります。そしてその手の写真は飽きちゃうんですよねぇ。またこれ?と思うようになる。
 と言うわけでストリートスナップと言うのはお手本に合致した瞬間を無名性のもとに連なる大きな規範の流れのなかで皆が分担して歩いた目の前の光景から収集している、と言うのが、この視座からの結論です。別の視座からは別の結論が出てくるかもしれませんが。
 それからわたしの友人には街中のゴミを撮ってる人がいます。こう言うコンセプトを明確にしていれば、上記の大きな規範の流れからは逃げられるかもしれません。それで最近の作家性のある表現と言う作品には、明確なコンセプトが必要になってるのでしょうか?

 このブログでも5年以上前に選んでいるストリートスナップには、(顔が写っている)人のいるストリートスナップをたくさん載せてました。自分のなかの基準も世の中の変化に合わせて変わってるんだなと思います。かとと言ってむかしの投稿を消そうとは思いません。悪意を持って撮った写真はありません。結果として誹謗中傷をしてることになってる写真もないと信じたい。

 時代を遡って今の基準でなにかを糾弾するのって難しいですね。ビートルズのアビィ・ロードのジャケット写真でポールは煙草を持っている、ヴァン・ヘイレンのアルバムでは赤ん坊が持っている。今は聞かなくなりましたが、一時期、アビィ・ロードのジャケットを修整せよ!と言う世論もあったと記憶してます。

 

 話は写真ではなくて歌詞に移りますが、吉田拓郎の「今はまだ、人生を語らず」のアルバムは長い間CDの発売が禁止だったものが数年前に再発しました。これは歌詞が当時はよく使っていた定型の比喩に、後年の基準で見ると差別用語があると言うのが理由でした。✕✕さじき、と言う単語でした。再発可能と判断した理由もわかりませんが、小説や映画で言われる「発売当時の世相に鑑み……」云々と言う解釈なんだと思います。まあ、昭和の頃の流行歌には男と女を決めつけた大分類で語った歌詞ばかりですからね。相当な確率でいまは新作としては書けないものもあるでしょう。あるいは当時の社会通念に立って書かれている随筆やエッセイを今読むと、家庭内の男女の役割の基準が今と違う標準で動いていたことがわかります。社会史の研究に昭和の作家の随筆や私小説は貴重な史料なんだろう。

 

 いきなり話がまた変わる感じもしますが、この昭和の頃の社会通念て、そうは言ってもまだまだ相当根強く残ってます。えっと、その、肖像権とか差別用語の話はここではもうしてないです。男女の役割の昭和基準が今もかなり残っていると言う話。共働きが当たり前なのに、そうではなかった時代の基準だけが変わらず頑固にある。少し前にはものごとの本質を考える手法として「なぜ5」なんて言葉をよく聞いた。最近聞かなくなりました。それでも、なぜ日本の少子化が止まらないのか?をなぜ5すると、この昭和基準が頑なに男を優位にし続けていることに行き当たるんじゃないか?と思うことがあります。

 最近、NHKテレビで、どこかの山の中の過疎の町で過疎化を止めようといろんな施策を考えて来て、うまく行かずに、赤字続きで、さてどうしたものかと、必死に考えている人たちが取材されていました。彼らの必死さを見ると、たいへんだな、なにかいい施策が生まれ、当たるといいのに、と応援はしたくなりました。だけど、そこで頭を突き合わせて考えてるのって全員50歳以上に見える男性ばかり。そこからしてまず変えたほうがいいんじゃない?とも同時に思いました。わたしは年寄りの男だけど、若い力って一番大事だと思うし、女性力の持つ弾力性もすごいと思う。過疎化と少子化を止めるにはそれを活用するしかないのでは?若い人と女性が同時代的に、将来の夢を手がけるような仕事の出来る環境を地方にも作らないと、と思ったりもします。だけどいまや大企業は、これだけネット環境が揃ってるのに、東京に一局集中して地方からは撤退してる。まぁ、その理由には若い人の東京志向があり、その理由はとさかのぼると堂々巡りの負の連鎖のひとつになるのでしょう。対策の先鞭を付けられそうなのは、省庁の地方分散案だったかもしれませんが。むかしはそんな話も良く聞きました。文化庁だけは京都に行ったのかしら?

 自分のことは棚に上げて、偉そうなことを書きました。

浅草橋

 浅草橋にある二つのギャラリーで写真展を観てきました。ひとつが鈴木のぞみ写真展で町にある小さな穴をピンホールレンズ(レンズはゼロ枚だけど)に見立てて、そこにフイルムカメラを据えて露光するという行為で見えた光の痕跡の展示。写真というより光の痕跡という感じでした。

https://www.shashinkosha.co.jp/koshakosha/exhibitions/SuzukiNozomi

もう一つは西野荘平さんの東京の新作コラージュ作品の展示で、一層細かく、一層精緻に、全体を見ると街の風景が痕跡というような消え行くように見え、近づくとそこに蠢くものたちに視線が吸い込まれます。球体からの展開図のような青い作品も、そこから球体を想像するのが楽しい。

https://parceltokyo.jp/exhibition/behind-the-clouds/

 浅草橋の高架を黄色いラインが塗られた中央・総武線の電車が走っていきました。中規模のビルがぎっしりと並んだ、緑も少ない感じの街でした。でもなんか嫌いになれない。下町と繁華街の汽水域にある愛想のないチケット売り場のもぎり嬢って感じでした←相変わらず、比喩がかえってわからない。

 

 3月上旬に中村橋のリミエ写真機修理店で開催したグループ写真展に参加しましたが、店内でいろんなカメラを眺め、カメラ談義をしてきたせいか、そのあとの後遺症でメルカリやヤフオクを見る日々が、いまだに終わらずに続いております。

 フイルム時代のレンズシャッター式レンジファインダーカメラ、レンズ交換のできないカメラのヤシカエレクトロ35ccは焦点距離35mm。当時のそういう分類の競合他機種がだいたい40-45mmだったのでちょっとワイドでF1.8と明るいレンズが付いています。果たして動くかどうか、説明文からはっきりとはわからない個体を、2000円くらいで競り落としました。ちゃんと正常動作していて良かったです。外観をきれいに拭きあげています。ほかにも1000円台と2000円台のカメラを買ってしまいましたが、まだ届いていないのでどんな状態かはわかりません。全部足すと会社の飲み会一回分くらいは出費してしまいました。でも清掃したり、ときには思い切ってばらしてみたり(いまは多くのカメラの分解解説動画が上がっているので、それを見ながらばらすと、意外と治せる)、試写に行ったり、そういうのを楽しむわけだから、まぁいいんじゃないでしょうか?治らないとかなりがっかりするものの、少し値が高い完動品よりも、商品紹介記事を読んで、これならなんとかなるかもなと思える安価なジャンクを買う方が、のちのち楽しめます。

 デジタルカメラ、とくに最近のミラーレスのレンズ交換可能なカメラはEVFファインダーでボケ味、ゴースト、露出状態、等々、ここでシャッターを押せば、こういう写真になります、というのを余すところなく事前に見せてくれています。だからオールドレンズでどう写るか?も撮りながら同時にわかっている。

 フイルム時代でも一眼レフはレンズの結ぶ像を見ていたので、最近のデジタルほどではないにせよ、だいたいこんな感じで撮れるだろうという推定がすこしは出来ます。一方、フイルム時代のレンズシャッターカメラは、そこにも大口径を特徴とした単焦点レンズが搭載されたカメラもありましたが、その大口径レンズを開放にして撮ったときに、どういうボケ味で深度外の距離にあるものが写るかは、想像できない、もしくはしづらい。写真が出来上がってくるまで、一体どんな写真が撮れたんだろうか?と確信のない妄想が一番膨らむわけです。食事に例えると、この妄想している時間が、コース料理を食べているいちばん楽しい時間で、満足して会計をする、そのときのレシートが出来上がった写真なのかもしれない。出来上がった写真が妄想どおり写っているかどうかの結果確認よりも、妄想しながら撮っているとき、現像上がりを待っているとき、これが一番楽しいんじゃないか?これはアマチュアの特権で、プロは成果でお金を稼ぐわけだから、妄想からの外れは許されない。大変ですね、楽しむどころかはらはらしていたことでしょう。

今日は山茱萸

 三日続けて植物の写真をアップしていますが、春の芽吹きが始まって、ついつい目が向きます。たとえば大船フラワーセンターにはたくさんの花を咲かせる山茱萸の大木があり、老木と思われるのに元気いっぱいに見えます。一方でこんなささやかな、というか、他の木に混じって一本だけそこにあった山茱萸の若い木に、ほんの数輪の黄色い花を見つけると、そのささやかさ、つつましさをいいなと思います。

 今日は雨でした。ほぼ一日中、夜になったいまも、ずっと降っている。昼下がりに散髪とカフェ読書に行くために、在宅勤務を切り上げ、自家用車を運転して駅近い商店街に行きました。駅ビルの地下の駐車場が「駐車場内事故により使用できません」という看板が立って閉鎖されていたので、その横の屋外の提携駐車場に停めました。

 雨天の屋外駐車場に車を停め、外に出て傘をさすまでのあいだって、多かれ少なかれ身体が濡れます。どうすればいちばん効率的にぬれずに済むのかな?運転席に座ったまま、ドアだけ開けて傘を広げるというのが正解なのかもしれませんが、折りたたみ傘ではなく長い傘を持って行ったので、運転席で座ったまま構えるということが出来ないですね。長い傘は後部座席の足元または助手席に立てかけるように置いてあるとして、結局、いちど外に出て、濡れながら傘を出すためのドアを開け、傘を持ちだし、なるべくはやく開く、ということしか、ないですよね?どうでもいいことであり、遭遇するとやれやれと思うってことだ。

 もう500円何かを買えば、三時間無料のところを、一時間無料となる分しかものを買わなかったら、駐車場料金が1100円も掛かりました。これって、どう考えても、あと500円何かを買った方が良かったってことですね?やれやれの二つ目。