
1960年代から1970年代前半、わたしが2歳から12歳まで住んでいた神奈川県平塚市にあった家は、1920年代か30年代に建てられたんじゃないかと思われる平屋の木造二軒長屋で、今でいえば3Kの間取りでした。南側に廊下があり、庭に面してガラス戸と、その外側に木でできた雨戸がありました。真夏の暑い夜には、雨戸を締めず、窓も開けて風を通し、蚊帳のなかに敷いた布団で寝たものですが、それ以外の季節には、夕方になると、その雨戸を閉めていました。朝、順繰りに滑らせ寄せてきた雨戸を順番に戸袋に入れてしまいます。夕方になると、その戸袋から雨戸を引き出して、閉めていきます。雨戸には車輪?ホイール?なんだ・・・キャスターて言うのかな?そういうようなものはなく、ただ雨戸の底面と、その厚さより少し幅広の凹部からなる木のレールの上を、滑らせていただけでした。転がり摩擦ではなくて滑り摩擦ってやつです。滑りが悪くなると、滑り面を蝋燭でこすり、滑りを直しました。良く滑る雨戸は、思い切ってスライドさせると、しばらくすーっと動いていきました。
その家は南にも東にも北にも、けっこう広い庭がありました。北東の端っこに無花果(いちじく)の木が二〜三本植わっていました。ところで、最初に書くべきだったかな、この家は父が勤めていた総合病院の職員の社宅で、庭の、草花はともかく、低木ではあったけれど、何本かあった木は、両親が2歳の私を連れて、父の転勤に伴い北陸から引っ越してきたときに、すでに植えられていたものです。
無花果の木にはシロスジカミキリなどの数種類のカミキリムシが住み着いていて、木そのものが全部枯れるほどではなかったものの、カミキリムシが食い散らかし、枯れてしまっている枝も多く、だいぶ「ぼろぼろ」な感じでした。父も母もその木はほったらかしにしていました。葉をもぐと白い樹液が流れ出て、独特の甘いような匂いが漂います。花のことはなにも覚えていないのですが、実が成ったことは覚えてます。だけど、父も母も、その木で生る無花果の果実を食べてみようとは思ったこともなかったのでしょう。だから私もそれを食べてみようと思ったこともなかったですね。いや、私が知らないところで一度くらいは両親は食べてみたのかもしれませんね。もしそうだったのだとすると、きっと不味かったのでしょう。柿に渋柿があるように食べられたもんじゃない無花果があるのでしょうか。
先日、スーパーマーケットに行ったら、無花果が売られていました。それでこんなことを思い出しました。最近は、ちょっと洒落たパン屋に行くと、無花果の使われているパンに出会うことがあります。無花果とクリームチーズのなんちゃら、とか。するとなんとなく買ってしまうことが多いのです。庭に生っていた無花果を食べたことがなかった、そのあとも積極的に無花果を食べることもないまま大人になったのに、最近は無花果という字を見ると、なーんか食べたくなる、すこしバイアスが掛かっています。それはここに書いたような子供の頃の記憶があるからでしょうかね。
枇杷と柘榴と無花果、近所の友だちの家の庭や、小学校通学路の途中の家に成ってました。石榴の実は、誰かの家に植えられている木の実をつけた枝が、ブロック塀の上から市道の歩道まで伸びていたので、学校帰りに友だちと木切れを持ち、ジャンプして叩いて落としました。ひと粒かふた粒食べてみました。味のことは覚えてないです。そんな悪戯をしたことの方を覚えてます。
上の写真は無花果とは関係ないですね。最近は雨がよく降って、水たまりも見かけます。だけどこの写真は水たまりではなく、いつも水のあるとある公園の池です。
まるでそこに実景があるかのように、きれいな水鏡になった池や湖に回りの森の木々や向こうの山々や空が映ることがありますね。それをなるべく水面と同じ高さにカメラを置いて撮ると、写真の上半分の実景と、下半分の水鏡に映った景色が、シンメトリーのように見えます。これは今や定番になった風景写真の撮り方のひとつなのでしょうか。定番なんだからすなわち真似っこなんだから、やめた方がいい・・・と思ってしまうわけです、あまのじゃくとしては・・・
まぁそんなことより、この写真の池に映った木々は、水面が少し汚れて濁っていたから?それとも底が浅くてその泥の色が混じるから?なんだかそれこそ古い退色したフイルム写真のように見えました。それがこの写真を撮った動機だったと思います。もしかすると庭に無花果のあった木造長屋に住んでいた頃のことは、もうこの写真に写した池の水面に映った木々のように退色した記憶になっています。
そうだった。この手の写真は上下反対にすると面白いんだった(これも定番の手法)でも片隅に手前右にリアルな植物が写っているので、それが反対にするときには邪魔ですかね?定番的には。あるいは画面の真ん中から下半分には水面に落ちている日差しが白っぽくなってます。これは失敗というわけですね、定番的には。
繰り返しますが、わたしには記憶を揺すぶられた光景です。
