トートバックだけで五つくらい

 5月にPETRI RACER F1.8で銀座で撮った写真ですが、晴れた街中で撮ることを想定して、たぶんF11の1/250秒あたりにしていたのでしょう、そのまんま日陰の場所をスナップしたらこんな暗い写真になっていました(フォトショップですこし(いろいろだいぶ?)補正しています)。

 たくさん買ってしまう物があります。あまり物を持たない方々、物欲が少なくて、身の回りが軽い方達には、信じられないことかもしれません。断捨離とは、物欲に駆られて物を溜め込んでしまっている方が宗旨替えをしたときに発生する行動パターンであり、私は断捨離はしないことに決めたので、物はたくさん抱え込んでいます。でもひとりの人生、そういう風に、記憶のためのきっかけに物として持っていたいとか、満足を換算しておきたいという方を選んでもいいでしょう。物を持たない身軽な方のことはリスペクトをしますが、かといって、それだけが一択で優れているってことではない、と考えています。

 たくさん持っているもの。写真機、レンズ。眼鏡。Tシャツ。CD。写真集。それとバッグ。本もたくさん。若いときはそんなでもなかった。時間が経つうちに、加速してしまったようです。

 一例はトートバック。40代だったか東急ハンズでカーキ色の須田帆布のトートバックを買いました。仕事にはポーターのありふれたビジネスバックを使っていた頃で、プライベートではいつでもどんなときでも、このトートを使っていました。そのうち角がほつれて小さな穴が空き、色が抜けて、ぼろぼろになりました。いちど燃えるゴミに出しましたが、すぐに後悔してごみ収集車が来る前に取り戻しました。いまも部屋のどこかにあると思う。ある日、単身赴任をしていた宇都宮から、週末金曜の夜に、旅行に出ることになりましたが、急に決まった旅行だったのか、最適なバッグがありませんでした。そこでとにかく安価でいいので、旅行の着替えやら、いつでも持ち歩くカメラとレンズやら、それから旅行だから少しでも軽くすればいいのに、本を一冊・・・ではなく二冊三冊と。読み終えるわけでもないのに、一冊目がつまらないとき、旅行の気分に合致しないリスクを考えてしまい、複数の本をバッグに入れてしまいます。それだけの容量が入るバッグが急遽必要になったわけです。そこで、アパート最寄にあるどの店でバッグが買えるだろうか?と考えたときに、浮かんだのがシュープラザでした。もちろん靴屋ですが、大きな国道沿いの店舗で、バッグも売っていたと思い出したのです。行ってみたら、想像していたよりずっと高くて、げーっ・・・と思いましたが、しゃあない。たしか4000円くらいでベア、アウトドアブランドですかね?ベアの黒い、メインコンパートメント(って言うの?)をチャック(ファスナーって言うのかな?)で閉じることが出来るものを買いました。須田帆布のトートにはチャックもボタンもなかったので、ベアの黒いトートはこの点がいちばんの違いでした。それから外側にメッシュの小ポケットがあり、片方に折りたたみ傘、もう片方にペットボトルを入れていました。こんな風に切羽詰まって「仕方ないから」買ったバッグが意外と使いやすくてずーっと愛用というのか、そういう風に買っているから「愛」じゃないんだけど、登板過多の中継ぎ投手のように酷使されていました。結果、二十年くらいは登板し続けてくれました。ほかにも家族の某が不要だから捨てると決めていた須田帆布とベアの中間くらいの大きさの、チャックはないけど一応ボタンで少しは留められますという構造のルートートの黒いのを、捨てるなら頂戴、と言ってもらった。須田帆布が現役引退して臨時運用用に退いたあとに、ベアとルートートの二機種併用体制になったわけです。それでずーっと過ごしていたのですが、三年くらいまえにベアのメッシュのゴムが伸び切りメッシュがほつれ、本体の角にも穴が開きました。ここからが問題なのですね。ここ二年くらいでトートを四つかな。トートがたくさんになってしまいました。アマゾンプライムデイに不意にスマホ画面に出てきたので衝動買いしてしまったフレデリック・パッカードの鮮やかな青いトートは、手軽だけれど生地が薄くてチャックはないから、それはそれで使うけれど、汎用性は低い。そこで買った大き目のチャック付きのは、これも悪くないんだけれど、すこし布が薄い。そこで買った・・・・。それぞれのバッグに、こういうときはこれがベスト、ああいうときはあれがベスト、と出番がある。だけどユーティリティプレイヤーとして活躍してくれない。もしかすると使う側が、変にこだわり過ぎているのだろうか。あるときは、たまには黒じゃないのにしてみようとか思うこともありますし。ときには、もっと軽いのが欲しいと思ったりする。というところに持ってきて、今日まで?アマゾンプライムデイがやって来ました。やばいですねえ・・・結果が見えてしまっています。それでもふたつかみっつは、売ったのですよ。でも増えている。

 以上は一例としてのトートバック、でした。

辿り着いたルールの絶妙

 ロスタイムに勝ち越されたら再び同点に追いつく確率はとても低いですね。だけどJリーグや代表や他国リーグの試合を何年もなんとなく見てきていると、タイムアップまで残り2分や3分、ときには5秒前に1秒前に得点が生まれることが少なからずあります。得点を奪われた方にとっては悲劇的。
 たとえば90分のなかの最後の1分は1/90の時間だから、いつだって同じ確率で得点が生まれるなら、最後の1分で得点が生まれた試合が、たまたま観戦していた試合に当たるのは1/90です。1.01%?1.1かな、どうでもいいか。ひとつのチームにワンシーズンで1回も起きない確率。でもこれはたぶんもっと起きてます。ときには2試合3試合もそんなことが続く。
 これはなぜ?体力と知力のバランスや、引いて守る戦術とそれをこじ開けたい戦術のがちんこのバランスが、だいたい試合経過のこのあたりに来ると崩れると言う何か。それは、引いて守ってたほうがなにかの偶然に思える必然の確率で、電光石火のカウンターが実を結ぶという、もっと低いけれども、それまたなくはない確率も含め、起きうると言うなにか。そこにはもちろん人という動物の体力の消耗、それに伴う精神の動きの作用も前提にあって、時間とともに共通のパワー消耗をプログラミングされたロボットが戦ってるわけじゃない。瞬時瞬時の判断やそれの具現化である身体の反応の個人差の何億何十億の、もっとか?試合時間のなかで22人が判断してることの積み重ねの結果が、偶然と相まって、ひとつだけの、たらればじゃないひとつの現実を、選んでいます。
 話が変わって漢方薬の話です。古来怪我をしたときに、人々は✕✕と言う植物を煮込んで、それを天日干しにした後に……云々……出来上がった薬を塗り込んで痛みと腫れを抑えていた、とか、食あたりになったときは◯◯を煎じた薬を飲んでいた、等の「古くから使われていた」と言う話がありますね。すなわちトライ・アンド・エラーの結果から優位性のあるものを見定めていたわけですが、でもそのトライ・アンド・エラーって凄いことだなと思います。エラーのときは却って悪化したり亡くなったりしたのでしょう。最初はほかの動物が食べているのを見て人も試してみた、と言うような想像上のきっかけに関する解説を読むこともありますが、すると今度はその動物に起きていたトライ・アンド・エラーと、言葉はないのに、経験知として後世に伝えている動物のやり方を思うと凄いことだなと、これまた不思議に包まれます。
 サッカーに話戻して、今のルールの原型が整備されて200年、その前に似たような競技の、まぁ言い方を変えるとトライ・アンド・エラーが3000年ですかね。なんか薬とサッカー、似てる気がしてくるのは私だけ?選手の人数も、ゴールキーパーと言うか特殊ポジションの役割の設定も、グラウンドの広さやゴールの幅や高さも、ボールのサイズも、なにからなにまでトライ・アンド・エラーを繰り返して決まってきた。薬のように。では何を目指して、ですか?薬は、病や怪我を薬がないときの自然治癒力での回復、それ以上に効率的に回復させることを主目的としている。サッカーの場合は、それをする人にも観る人にも、面白いと言うこと。それを目指して出来てきたのだと思う。種の保存拡大のために優性遺伝やらの進化のシステム、そう言うのとおんなじじゃないかな。そのスポーツが面白くて楽しくてみんなに普及していくために、ルールがトライ・アンド・エラーで作られてきて、これからも改変されていく。その膨大なトライ・アンド・エラーの成果の結果、ロスタイムになにか劇的な結果が起きる確率が増すように、設計されてきたんじゃないのかな。なぜならそれが劇的であり、上記の目的に沿うから。世界で一番支持を受けて、多くの人が楽しんでいるのがサッカーなのだとすると、そのトライ・アンド・エラーの成果、たどり着いたルールは凄まじいってことですよね。
 ブラジルに敗戦してから一週間くらいかな経つけれど、戦犯探しとたられば論が横行してますね。評論家ってイヤな商売だな。たらればで遡って誰かの責任を追及して、それでイイネに相当する読者数が稼げたかどうかで賃金の優劣が決まってるんでしょう?本当はもっと上位の俯瞰した戦術論を話すほうが楽しいんじゃない?やれ、あのときはA選手よりB選手を出すべきだったとか、遡ってC選手じゃなくてD選手を選んでおくべきだったとか、もはや過去となった好ましくない結果を踏まえて、ほじくり返すことだけが仕事だとしたら辟易としちゃうよね。でもまぁPDCAを回すには必要なことなのか……大変。
 たらればを否定しつつ、たらればを書くとすれば、ブラジルの2点目はポストに当たって吸い込まれましたが、あの場面で10回同じ瞬間があったとしたら、ポストに当たらずすんなりゴールしたキックと、実際に起きたようなキックと、ポストに当たっても入らなかったキックと、そもそも外れたキック、そんなことのそれぞれが紙一重で起きてもおかしくない。選手の技量が発揮された上での確率論があったでしょう。敗戦チームにはついてない、勝者にはついていた、と言うような確率の出現の仕方です。
 むかし中村俊輔選手が交差点のひとつの道からフリーキックで交差点を横切るバスの窓にボールを入れられるか?と言う、すごいテレビ番組を観ましたが(バラエティ考える人も凄いね……アイデアの凌ぎ合い……)それだって10回やって10回成功する条件と、1回も成功しない条件の両側から突き詰めて、成功したり失敗したりと言う視聴者にとって面白いところを定めたんだろう。そんなことも思い出しました。
 でもそれを言い出したら勝ち越し点の前にも、たまたま救われた、入っていてもおかしくはなかった、と言う場面は多かったのだと思う。実際のところはその数の多さが低い確率でもあるときゴールを生むんだから、あれあれ?これは今度は森山大道さんがストリートスナップで必要なのは数を撮ることと言ってるのと似てるな、と思ったり。……似てない?
 どのぎりぎりが、どういう結果になったかの必然的偶然の結果を前提に、後日の評論家、素人評論家、にわか評論家、匿名評論家風コメント民、たちが、あのときの誰々は、あのときの交代策は、と喧々諤々になる。これもまた昔っからずーっとおんなじ。ただネット社会だから意見の大きなうねりの発生が巨大化して、たまたま弱者になった、いわれのない糾弾を受ける側にとっては堪らなく辛い社会になっちゃいました。地球温暖化に伴い先鋭化巨大化する線状降水帯を生む台風みたいに。こういう暴力的な社会を前提にしても、凛として公正で思いやりのある品格の高い大人のあり方を教えることこそ、今、必要な教育なんじゃない?そういうの受けてみたいと思うもの。
 たらればをしたいならこんなのはどうですか?
 たとえばあの勝ち越し点が、もしももしもポストに当たってもゴールに入らなかった、そこから夢想した方が楽しいですよ。戦犯探しよりも。すると予定通り延長になる、守り疲れがすこし癒やされる。延長の頭から、塩貝選手ですか?それとも鈴木唯人選手ですかね?後藤選手かな?皆さんが誰を出すべきだったと言ってる大好きな選手が登場する。息を吹き返して後半の最後よりすこし数メートルは前目にラインを引く事が出来たので、上田選手がある確率では成功していたボールの落としに、今回は守備に奔走されずに少し前にいることの出来た町野選手は間に合った。間に合ったあとサイドに侵入していって、センタリングする。センタリングが相手の選手に当たって、すなわち相手にとってはアンラッキーが発生してしまい、少し方向がこっちにとってはラッキーに変化して、走り込んできたフレッシュな上記の誰かがとうとうゴールをこじ開けた。あぁ残念だったなぁ、そうはならなかったけど、あったかもしんないね。うんうん。とかなんとかさ、居酒屋にサッカー好きおじさんやおばさんで、お兄さんお姉さんで、少年や少女は居酒屋じゃないから誰かの家とか公園で、四人か五人集まって、コーラやジュースやビール飲みながら、それぞれの、こうなってたかもしれないたられば語りを披露しあってみて。すくなくともひとつはラッキーが起きることを前提に。誰も非難しないことを前提に。そうすれば、それはないよ!とか、あるかもね!とか話が弾んで楽しくなる。そのあとに悲しくなるかもだけど、でも総じては楽しまなきゃね!観てる方は、なんやかんや言っても、それすなわち娯楽なんだから。

写真は5月中頃、横浜みなとみらい地区 ヤシカエレクトロ35cc

緑から思うこと

 春になり葉が落ちていた木々に新緑が芽生え、そこからひと月ふた月み月と時間が過ぎるあいだ、新緑は濃く力強くなって行く、その様子は、ありきたりな比喩ですが、子供が青年となり一人前の大人へと成長する感じそのものです。写真は品川の高層オフィスビル街の真ん中にある公園です。成長したときの高さがどれくらいになるかも計算されて植樹の設計がされたのでしょう。ここが出来たのは90年代中頃だったでしょうか。すなわちもうここの木々は幼木ではないわけで、上記のように春から夏にかけての葉の変化、成長ではなく変化を、成長かのように見立てて、人に当てはめて例えてしまいますが、大人の木々にとっては日々の中の季節とともにある営みの繰り返しです。ここまで顕著に、季節とともに、毎年毎年繰り返している身体上の変化って言うのは人にはないのかな?人には特別な期間としての発情期はなくて常だし、角が伸びては落ちたりもしないし、冬毛と夏毛が入れ替わりもしない。こんなふうに考えると、もしかしたら、何の根拠もない直感のようなことですが、もしかしたら、人は、季節との、こういう身体上の関連が薄くなったからこそ、季節の変化を五感で感じるなかに、なんですかね、寂しさ?のようなものが心にぽつんと生まれて、そこからきれいな風景と言うものは、誰にとっても共通なきれいな風景として認識されているのかもしれません。桜の花が咲いたから、新緑が芽生え青紅葉がきれいになったから、あるいは、今日はあそこから富士山を見たら太陽がちょうど頂上に沈むから……だからそれをみんなで見物に行こう!と言うような風景を愛でるために行動している動物は人だけじゃないのかな?そしてそれが変化するから、写真に撮ったり絵に描いたり。もし変化しなければ写真に撮ったりしない。それは四季だけではなくて、街にある建造物だって年月とともに古びていき、落書きされる場合もあるし、赤瀬川さんの言ったところによるトマソン化したり、あるいは街と人が織り成す風景は一瞬一瞬すべて違ってるから、それをとどめたい願望が写真を生んだり絵を描く動機になった……と、仮説して。なにごとも変化していく。森羅万象が変化している。その中にいるから生きている。

 きっとこのブログの過去にも同じことを書いたと思いますが(……一人の人がブログに書くネタなんてそんなにたくさんないですね、これは実感、だからその日に起きたことや食べたことをメモすると言う直近のエピソード記憶は日記を残す上では重要、と言うかそれが本来の日記です……)繰り返しますが、過去に書いたと思いますが、やなせたかしさんが作詞したんだっけ?「手のひらに太陽を」と言う歌の歌詞が、子供の頃に怖くてしかたなかった。調べると、1962年にNHKの「みんなの歌」のために作られた曲だと書いてありましたから、その年にさかんに流れたのだとするとわたしは五歳でこの曲をはじめて聴いたのかな。その時か、その後の数年の間にだったのか、怖いという気持ちが起きたのです。最近は著作権もうるさいでしょうから、ここに歌詞を転載することも無邪気に出来ないので、リンクを貼りますが

https://www.uta-net.com/song/46445/

手のひらを太陽に透かせると、そこに流れていると真っ赤な血潮が見えてくる、すると、あぁ自分は生きているんだ、と言うことがわかる、そして生きているってことはなんてかなしいんだろう、と歌われてるのです。一番が生きているからかなしい、なんです。二番になると、生きているからうれしい、になり、三番では生きているから愛する、と歌われます。血潮を見て、生きていることを実感し、それはかなしいこと。言い換えるとこれは、やがて死ぬんだよ、と言われてると、たぶん五歳か六歳かせいぜい十歳になる頃までのわたしは、そう理解した、と言うか、直感したのだと思います。だから無性に怖かったんだと思います。

 佐野元春は「グッバイからはじめよう」のなかで♪どうしてあなたはそんなに手を振るのだろう、ぼくの手はポケットの中なのに♪と歌ったあとに♪あなたはよくこう言っていた 終わりは始まり♪と歌います。ブラッドベリの翻訳小説のなかに「初期の終わり」と言う短編があります。「ウは宇宙船のウ」に収録されてたんじゃなかったかな。読み返してないけど、成長物語だったと思います、そしてある段階から次の段階に移って行く成長のかなしさを、初期の終わりと言っていた。そもそもthe end of beginningと言う言い回しにはよく出会う気がするな。

 終わらないために、終わらせないために、変化していくことは、何かが終わって新しくなってるってことでもありますね。

 木々の緑からずっと色々考えてしまったな。今は早朝です。さて、せっかく早くから起きているので、コロンビアとスイスの試合でも観ますかね。

写真はフイルムで。ヤシカエレクトロ35ccだったと思う。

カメラが欲しい

 ひと月か、もう少し前に、小型のフイルム一眼レフカメラを使ってみたいという同僚からの相談を聞いているうちに、同僚よりわたしの方がよほどのめり込んでしまいました。いま持っている稼働可能なフイルム一眼レフカメラはMINOLTA SR7後期ほかMINOLTAが数台、CANON A1ほかCANONが数台、ライカフレックスSLもありますね(十分多いか……)その後は一眼レフカメラの所有欲は引っ込んでいたけれど、休火山が活動を開始したかのようにCONTAX(ヤシカ、京セラ)の「カメラが欲しい」状態に陥りました。相談を受けたとき、最初は小型カメラならば、PENTAXのМの付いてるやつか、OLYMPUSかな、なんて薦めていたのに、CONTAXにも小さいのがありますね?と逆襲を受けたのを期に、気になる日々続いています。実は「カメラが欲しい」症状はずっと続いていて、その種類が変化していってるだけです。一眼レフカメラの前は1960から70年代のレンズシャッターカメラが欲しくて……中にはメルカリかヤフオクか、どっちかで1600円だったヤシカエレクトロ35mcに少し手を入れたら使えるようになり、意気揚々になったりしてました。
 ここまで、カメラが欲しい、と言うところにカッコを付けてきましたが、これは尾辻克彦(赤瀬川原平さんのもう一つの名前)著の同名タイトルエッセイが念頭にあるからです。たくさんのカメラ機種の中から、ある日なにかの理由でとある一機種に惹かれてしまい、欲しくなります。その理由は意外に明確じゃないときもあります。
 明確な理由とは、なんらかの機能の有無や、大きさに数字的な説得力があるときなど、一方で、持ったときの質感や重さ、掌への収まり、各ボタンやダイアルの配置、手に伝わる温度、ヘリコイドの感触、などの五感との相性もありますね。シャッターの響き方もその類。それともう一つはデザインです。うーん、なんだか恋愛みたいだな。最近はネットに、上記のうちの「明確な」に相当する職業とか年齢とか年収も?開示して、上記のうちの「一方で」以降に書いた嗜好や相性は、それらの開示項目から選択された後に、会ってから見極めてる。……ですよね?ネットを使った出会いは未経験だから知らんけど。それでももう少し長く付き合うとなんか気に入らないところも見えてくる、でも自分を納得させようと試みたりもする。ね、恋愛とは「カメラが欲しい」と同じ。まぁ、カメラが恋人に置き換わってるわけだから当然か。
 このくだらない文章は東京駅ナカのスターバックスで時間調整をしながら書いています。スターバックスの紙コップには、例の髪の長い女性のロゴ・マーク?のイラストが印刷されています。調べるとギリシャ神話の人魚セイレーンとのこと。あのとてもシンプルな構成で描かれるロゴ・マークの顔を見ていて、あぁこれは西洋の方の、と言うのは間違ってますね、白人の方の、でいいのかな?白人でなくてもこういう顔立ちの方もいるしな……むしろ、総じて、日本人の平均的な顔立ちじゃないな、と思いました、と書けばいいのかな。もちろん日本の方にも似てる人はいますよ、総じて平均的には、と言う話です。ではどうしてそう思うんだろう?と、しげしげとスターバックスのセイレーンを見てみました。面長の、目よりも高く、ずっと長いように見える鼻の描き方ですかね?最近のAIは個人認証として目や鼻や口の配置関係を数値化してるようですが、そう言う数値で解析すれば、日本人の平均と、スタバのイラストとで、その違いが理屈でわかるのでしょう。
 CONTAXブランドの京セラのカメラは一時期ポルシェデザインにデザイン委託していました。一眼レフではなくコンパクトなカメラではCONTAX Tと言うカメラは好きですねぇ。これもたしかポルシェデザインでしたね。初代のマニュアルフォーカスのやつ。90年代00年代にはよく使いました。今も完動品を一台、持ってます。とても良く写るZEISSのレンズは38mmだったかな?
 そのポルシェデザインがCONTAX RTSや137や139をデザインしていたようです。同じ小さな一眼レフカメラを並べてもPENTAX МEやOLYMPUS OM1の横に例えばCONTAX 139を並べてみて、なんでかなぁ、CONTAXはスタバのセイレーンのようであり、PENTAXやOLYMPUSは、ちょっと違う。個人の感覚ですよ。松本零士のアニメに出てきた切れ長の細い目のメーテルはどうなのよ?と聞かれても分からないけど、もしかするとセイレーンがCONTAXで、メーテルはPENTAXかもしれないな。繰り返しますが個人の感覚です。これも短絡的な感じ方でしょうが、ポルシェという西洋の方が描くデザインは、いい悪いではなく、日本から生まれて行くデザインと、微妙な違いがある気もします。で、わたしはそこに惹かれてるのかな?それすらわかりませんが。
 少し前に車のデザインの描き方でもアプローチの方法が日本とドイツで違う、なんて解説を読んだことがありました。日本のデザインは複数の面を置いて繋いでいくけれど、ドイツは大きな面を曲げて行く、そんな解説だったかな。違うかもしれませんよ。
 もう一つ、わたしは丸っこい形のアルファベットが並ぶのが好きなのです。CANONのCは字の書き始めに跳ねがあるので「かわいらしい」丸いCに勢いが加わってる。でも、CONTAXや東京光学のTOPCONのCはかわいらしく丸い。そのかわいらしいコロッとした丸いCに惹かれます。CANONもキャノンフレックス数機種は今のような跳ねはないロゴでした。
 すなわち、あるカメラが欲しいと言う気持ちを理屈で語ろうとしても、あれこれ挙げられるけれど、でも絶対的な理由はわからない。だから恋人のようです、カメラは。もう、ようわからんのですわ。でも、いつの間にか、と言うよくある言い訳的な書き方な感じで、実はもう、CONTAX139が自室に置かれてます。おやおや……なんでだ……

スポーツ観戦のスキル

 お隣の国ではワールドカップサッカーでグループリーグを突破出来なかった代表チームの監督や選手に、大統領からも、国民からも、国を挙げてまるでそうすることが容認されたように誹謗中傷が行われてるようですが……うまく行かないのは世の常で、どこの国の優れた選手たちだって、何万回に一度はミスプレーをしてしまい、そこから、重要な結末を呼んでしまうことだってあるわけで、だからロボットではなく人のやる競技が面白いわけで。あるいはその国の中の優れた選手を集め、優れた監督が指揮しても、競争相手と比較して力が劣っていれば確率的にはなかなか勝てないと言う道理もあり、すなわち、運と道理が絡み合った結果なのだから。結果とは、今現在の自国の位置がここだったんだなと認識し、もしさらに強くなりたいなら、どこからどうして行くべきなんだろう?と今後の対策を考えるためのもので、少なくとも故意に負けたわけではない選手と監督に、誹謗中傷をするということ、それも国のトップからして……なんとまぁ……お粗末で子供のような。。。悔しがる気持ちに素直なことはいいけれど、やり方が違うでしょ。すべての勝者とすべての敗者に、尊敬と称賛を。そして慰労してください。

 スポーツの熱狂って、その運が道理から推定できる高い確率を覆す方に働いて、いわゆる番狂合わせが起きたときに、その低い確率の勝者を応援していた人たちに特に強く発生する熱い想いだと言う傾向もありますから、自分たちがなにを楽しんでいるのかも良く考えた方がいいと思います。

 ここに書いたこと、大きなスポーツ大会があるたびに同じことを書いてきました。あまり賛同は得られてないかもしれませんが。

撮りたい写真について

 台風が通り過ぎたのではなく、これからまた雨が降る予報のある、雨と雨の合間の夕方に、富士山が見えたので、住んでいるマンションの廊下から超望遠の付いているコンパクトデジカメで撮っておきました。自然の見せる綺麗な光景に、カメラを向けてシャッターを押しさえすれば、すべてオート設定でちゃんとこうして写るのです。そんなことは前から当然わかっていたけれど、それでもなんだか自分の成果のように誇らしい感じになっていたかもしれない。まぁ冷静になれば、この写真はぜんぶ、機械の進化の成果です。進化した機械が、わたしがきれいだな、写真を撮りたいな、と思ったその「発意」を遺憾なく記録してくれる。もしかすると見てくださったひとに私と同じように「きれいだな」という思いを伝達してくれます。いまいろんなところでロボットが人に変わって仕事をするようになりましたが、カメラの進化も、まぁ、それと同じだということですね。構図だって、人が、この写真だと私が決めた気分になっているけれど、いいとされる構図を学んだカメラに任せてみれば、もっといいとされる構図で写真を撮ることができる。もちろん、もしもこの場所に無人カメラをずっと置いておいたら、という前提があり、それが難しい。そこしか人の残る余地はないかもしれません。下手をするとロボットに「へたくそ」と言われながらその手足として写真を撮ることになりかねない。あるいは、町のあちこちに(今の時代よりは)高画質な監視カメラが据えられていれば、それぞれのカメラが撮った写真を画像処理することで任意の位置から撮った写真が出来上がる。

 なんか自分でこの富士山の写真を撮って、こうしてアップしているのに、ずいぶんと悲観的というか皮肉っぽいことを書いたかもしれないな。

 ことし、写真が印刷されているTシャツを買いました。前面に公衆電話の黄色い受話器の写真が印刷されています。背中側にはどこにでもあるような住宅地の交差点、電信柱があり、その根元にはゴミ出しのときの烏除けの青いネットが畳んでおいてあり、昼下がりなのか、画面左の住宅の影が右側に伸びていて、でも右側の住宅までは届いておらず、それでも左と右の住宅のあいだの舗装道路はほぼ影になっている、その道を向こうへカップルが歩いていく、そういうありふれたスナップ写真。カップルの女性は上下白い服でミニスカート姿、右肩に明るいブラウンのトートバックを掛けています。男性は女性より背が高い、季節は春なのかな、七分袖のグレーのシャツのうえにオフホワイトのベストを着ています。そして男性は自転車を押している。女性が最寄の私鉄の駅までやってきて、自転車に乗って自宅から駅まで迎えに行った男性が、女性と一緒に家に戻るときには自転車を押している、そんな場面を想像できる写真です。たしか佐内正史さんの写真をプリントしたTシャツだったと思う、店で見付けて気に入って購入して、あとになり調べてみたら、そう書いてあったと思います(間違いかもしれませんが)。

 とくにこの背中側のような写真は誰もが「撮れる」ではなく、誰もに(まぁそれなりの人のいる町に住んでいる誰もに)見慣れた風景で、だけど、もしかすると実際にそこで見ているときよりも、あらためて写真に撮られたその見慣れた風景の静止画を、その場じゃない、例えば帰宅した夜の自室で見ると、なんだかとってもいい。いい、というのはしみじみとしてしまうような感じでしょうか。誰もに見慣れたところ、すなわち誰でもシャッターを押せば撮れる場面を写真に撮って(だけどそこを撮る人が実際にはいないところを撮るということがすごい)その写真が夜の自室(一例ですよ)で感情を揺さぶっている、こっちの方がすごいことだと思います。少なくともいまのところ、AIなりが認識できる決定的瞬間ではないところがすごい。だから、そのTシャツのような当たり前の写真を撮ろうと思って、ここならそう写るんじゃないかな、と街角でシャッターを押すことがありますが、これがね、実に難しくて、しみじみするような写真がなかなか写らないのですよ。

 こんな富士山の写真は記録です。それよりも誰でも撮れる、でも誰も撮らない場所の写真で、夜の自室でしみじみしてしまう・・・・そういう写真を撮ってみたいものです。

いつ書かれた小説か、そのとき大人だったか

 この写真を撮ったのは今年の4月12日のこと。少し前に撮った写真を、撮影日別のフォルダーを順に開いて見なおして行き、拾い出しました。その日から約ふた月半が経っています。いまはもう夏至の頃。夏至の日はいつだったのだろう、数日前のことだったのか?夏至の頃は昼が長く、それだけで特別に好きなのですが、なんとなく過ぎてしまった。ちゃんと味わえば美味しい料理を、慌てて食べ終えてしまったり、ほかのことを考え込んでいて味に気がまわらないまま飲み込んでいる、そんな感じです。

 さて、こうしてふた月半前の写真を見ながら、ふた月半前がものすごくむかしのように感じました。ではそれより前に撮った写真を見ると、もっともっとむかしに思えるのか?と言えば、そうでもないですね。このことは最近このブログに繰り返して書いているけれど、過去のある日のことを、どう感じるか、同じふた月半前のことでも、まだそれしか経っていないのか、と思ったり、もうそんなに経ったのかとも思う。もしかすると、同じ過去のある日に撮った写真を見ていても、見ているとき(の自分の状態や環境)によって、感じ方が変化しているのでしょうね。さらに、その写真を見た瞬間に感じたことも、そこから数分か数十分経つと、また変わっていると思います。だからどうだという話じゃないのですが、写真、それは基本的に過去に撮られているものですね、写真を眺めるということは、こういうことを考えてしまう、あるいは感じるきっかけになります。それが良いことなのか、そうではないのか?はわかりませんが。

 ここ十日ほど、もう少し経っているかな、村上春樹著「ダンス・ダンス・ダンス」を読んでいます。三度目か四度目の再読。もうすぐ読み終わる。この小説が書かれてからたぶん40年くらい経っているから、そこに書かれている町の描写や、登場人物の一般的な感覚や感情の動き、暮らしのなかで使われている機器や道具、流れている音楽、などなどは時を経て、今読むと陳腐化というか、古臭くなっている、前はそうだったけどもう違うよね、となっていることばかりなんだと思います。だけど、わたしはこの小説が書かれた時代にもう大人だったから、ただ当たり前に違和感も少なく読み進めています。だけど、これが書かれた時代にまだ大人じゃなかった人たちが、今、この小説を読むと、設定時代が古すぎてよくわからない、という感想を持つのだろうか・・・。

 私がたとえば大学生だったのは1975年からで、そのときには同時代で人気のあった、そうですね、一例としては五木寛之なんかを読んでいました。そして、その1975年の40年前の1935年は戦前です。1935年に書かれた小説を調べると、たとえば川端康成の雪国がそのようでした。では1975年の私が、雪国をどういう気持ちで読んでいただろうか?そもそも1975年頃にちょうど川端を読んでいたか?と、思い出すと、それより数年後の1980年頃に、何冊か川端を読んでいた時期があったように思います。そして、40年前に川端が書いた小説を読みながら、物語が古すぎて書かれていることにわからないところがあった、あるいは、人々の感情、心の動きがその40年のあいだに変わってしまっていて、共感できなかった、というようなことは、たぶんあまりなかったと思います。その読書を楽しめたと思います。だけど、1975年時点で、これは40年前の話、という前提を持って読んでいたと思います。すなわち、ちょっと昔のことという前提で読んでいたと思います。ということをいまに当てはめると、いまの20代の方々が、ダンス・ダンス・ダンスを読むときには、昔が舞台という前提があって、そこここに「今とは違うけど昔はこうだったんだよな」という理解というか受け止めがありながら読むってことでしょう。まぁたしかに、登場人物が警察に拘留されて、ある追及を受けるけれど、本当のことは口にせずなんとかやり過ごす場面なんか・・・2026年のいまの、町中に監視カメラが置かれている状況だと、こんな風には秘密を維持するわけには行かないと思われますね。

 すなわち小説の舞台となっている年に大人だったならば、すぐにその時代背景になじめて、いろんなことが変化していることにそれほど引っ掛からず、それほど意識的にならないまま、読書が出来る、けれど、書かれている時代を知らない人たちは、その変化に敏感で、意識的になりながら、少し苦労して読書をすることはできる(できないほど大昔ではないから)。……うーん、なんか、当たり前のことを書いているだけなのか・・・

 この小説には小田原城址公園に動物園が併設されていることが書かれています、だけど数年か十年くらいだろうか、動物園は徐々に縮小し、もうこの動物園はなくなっていますね。なんてこともこのブログには過去に書いたと思います。

 

この文章は26日の深夜に書いたものですが、投稿時刻が日が変わった27日になっていたらしく、プログに表示される日付が27日となっています。