

一つ前のこのブログに、自作したピンホールをフルサイズミラーレスカメラに装着して、江の島に写真を撮りに行ったことを書きました。そのきっかけとなったのが、むかし読んだ辻原登の短編小説を思い出したことにあった、ということも。だけど一つ前のブログに書いた日の撮影は曇り空の日で、カンカン照りの日の江の島を撮りたいと思っていたので、19日の真昼間に再度ピンホールで江の島を撮りに行ってきました。
これは稚児が淵と呼ばれる岩場です。いちばん上がピンホールで撮って出し、だいぶぼんやりと眠い画像なので、すこしだけコントラストを変えたのが下の写真ですが、並べてみると、いちばん上の眠い写真の方が「白日夢」っぽいように思いました。へたに触らない方がいいのかもしれません。
一番上のなにも画像処理をしていない(とはいえ、RAWでもなく、JPEGなので、カメラの標準的なデジタル画像処理は掛かっているのでしょう)撮って出しの写真は、ハイビジョンになるまえのSD時代のテレビ画面のようです。えっ?さすがにここまで低解像ではなかったでしょう!と思うけれど、いやいや、テレビは動いているから、その動きが解像度を補っていたはずで、静止画にすると、こんなもんだったかもな・・・とも思いました。
人が、静止画や動画を見て感じることの不思議のひとつは、低解像度の眠い画像を「劣ったもの」「程度の悪いもの」としてダメです、と思うことばかりではない、ということですね。もちろん高画質で透明感があるリアルな写真が必要とされることが圧倒的に多いのですが、この写真をこれはこれで夢みたいでいいじゃない、と思うことがあるわけで・・・まぁ自分の撮った写真に対してそう言うのも横柄かもしれないけど、たぶんそういうもんだろうと推定してますが・・・それは不思議なことですね。ベスト判コダックカメラに使われていた単玉レンズを「べス単」と称して、柔らかいぼんやりとした写真を撮る、そういう愛好家団体などがありました、いまでもあるのかな?そういう写真を、というか写真も、良しとする感覚を持つ人が、それなりにいるっていうことですね。
そして、写真でも動画でも、そのスタート時点は、そういうところから始まっているのも面白いと感じます。写真はモノクロという決定的にリアルと違うところから始まっている。スタートからリアルじゃないんですね。テレビも上記の通りSD画質から始まっている。スタートが低画質です。そこからだんだんだんだんリアルに近づいてきた。それはそれとして、ここでまた不思議なのは、そのような「昔の」(←乱暴な言い方)画質の「悪さ」の中身が、なんでこうも「記憶のかなたのよう」「思いでのよう」「白日夢のよう」と言われるような、人の心に残っている過去の映像記憶に寄り添っているのか?というところだと私は感じます。不思議・・・
見たものを高解像なリアルな画像情報として記憶できる人もいらっしゃるようですね。画家の山下清さんはそうだったと聞いたことがあります。そういう方がいるのであれば、一方で、ごく一般的な人の視覚情報(画像情報)の記憶っていうのは、どうなっていて、それを画素数なり解像度なりで表せられるものなのだろうか?
自分のなかにある昔のある場面の視覚情報記憶って、ちょっとそういう論じ方で測るものじゃない気がしますね。こっちに壁があって、真ん中に道があって・・・というような名前のついたものの配置や、もしかすると色の記憶があるのかもしれませんが、どちらかというと自分が動いているその場の状況を第三者的にたとえば俯瞰している位置から眺めているような光景が記憶されている。すなわち、見たものの映像記憶の正確性の問題じゃなくて、その場にいたときの五感が感じていたことを総動員して、制作された架空の、架空なのに現場にいなければ生まれなかったリアルな、架空画像のようなものが記憶されているんじゃないだろうか、などと思いました。こんなのは、それを専門に研究している方がいらっしゃると思われ、ここに書いたような適当な印象からの類推は、まったくもって素人の頓珍漢な発言に過ぎないのかもしれませんが・・・
そしてリアルな架空画像は、高画質でも高解像でもない、本当は映像の記憶でもないのに、シナプスが連動したときに、映像にしてみるとこんな感じでしょ、という偽のそれっぽいものが、そのときだけ生産されているのかな・・・。その生産された不安定な映像のような偽視覚記憶が、このピンホール写真のようなものに実は似ているんじゃないだろうか?などなどつらつら考えました。
ところでこの写真を撮った江の島の稚児が淵は、陸(藤沢市片瀬)と江の島(藤沢市江の島)をつなぐ橋を渡って江の島に渡ったところから、さらに島のほぼ反対側にある岩場です。江の島は島の外周は切り立った崖であるところが多く、よって、稚児が淵に行くためには、いちど島のてっぺんまで上って行き、そこから向こう側へ下りていくことになります。正確にはすこしショートカットできる道があるし、渡船もありますが。この日は風が強くなり、帰りは渡船を使おうかと思いましたが、もう欠航してしまいました。結局、山越えで往復。とくに稚児が淵からの帰路はいきなり200段以上の急な階段を上ることになります。真夏のカンカン照りの日です。私は60代も後半の年齢です。疲れましたが、往復ちゃんと歩けたことが、よかったです。