渋沢 ラ・フィエスタ


 神奈川県秦野市渋沢と言えば、丹沢登山のための町のようなイメージを持っていたが、その認識は合っていたのか?高校一年生の夏休み、丹沢表尾根縦走コースというのを歩いたことがあって、そんなのは登山が趣味の方にしてみればお茶の子さいさいの初心者コースに過ぎないのだろうが、最初の上りで息が上がるは、その後の比較的平坦なコースでは小学生に抜かれるは、で、自分の体力と照らし合わせて評価するには、非常にハードな「運動」だったようだ。翌日からしばらくは身体中の筋肉が悲鳴を上げていたと思う。
 そのときに、なんて言ったかなバカ尾根とか言ったかな?、もう三十数年前の記憶だけを頼りに書いているから間違いだらけだろうけど、塔が岳から下山してくるだらだらの下り道を延々と歩いて、やっとバス停留所のある場所に着いて、そこでバスを待つあいだに小さな店で立て続けにカキ氷を三杯くらい食べた。
 そしてそれなりの達成感を持って、バスに乗り、着いたのが渋沢駅だったように思うのだ。
 その渋沢の駅から徒歩20分くらいの、日立製作所とか日産車体とかの工場のある近くに秦野市文化会館があって、13日の日曜日に、ご近所のEさんおご主人がアルトサックスで参加している日産車体ビッグバンドクラブ「ベイ・シルバー・オーケストラ」結成40周年記念コンサートというのが開かれた。それで東海道線小田急線を乗り継いで、たぶん高校一年生以来の渋沢に行ってきた。さすがに丹沢の山々が近くに見えますね。私が子供のころには冬の間、大抵はまだらに雪化粧していた丹沢も最近はあまり雪に降られていないようだったが、今日はまだらに白かった。山が近くにどんとあるのはいいな、山を神のように讃えたい気持ちが判る気がするな。
 渋沢駅近くで昼食を取ろうと思う。北口を降りて駅前ロータリーを見回すが、すっかり新しいロータリーには駅前食堂は見当たらない。そこで西に向かって歩き出す。寿司屋、ラーメン屋、今風の可愛らしいイタ飯屋、どこもいまいち。しばらく行くと古そうな雑居ビルの二階に上がる階段の下にレストランの看板が出ていたので、古いビルの階段を見るとなんとなく上がってみたくなる傾向があって、半信半疑で上ってみたら、ありましたレトロな洋食屋。「鈴乃江」という店。店内には欧州系のジャズピアノが流れ、観葉植物がそこここに置かれ、古めかしい木製のテーブルの「エッジ」はずいぶんと擦り切れている。
 チーズかつ定食を食べる。スープよし、かつは勿論よし、サラダもボリュームたっぷり、満腹になった。
 それにしてもなんか歯抜けしたような、駐車場だらけの駅前商店街である。ここから文化会館まで歩いて行く途中には、もう畑しかないのかな?と思いながらカメラ片手に歩き始めたら、意外にそうでもなかった。工場の周りに、工場で働く方に昼食を供する中華料理店やらが、そこここにある。なるほど駅周辺に集中するのではなく工場周辺を含んで拡散して店がある町のようだ。そんな中に店外まで列が出来ているラーメン屋なんかも発見する。
 上の写真も下の写真も、そんな道すがらのスナップ。

 コンサートでは数々のスタンダードが演奏される。前半はフォービート中心。後半はバリエーションに富む。そんな中でチック・コリアのリターン・トゥ・フォーエバーに収録されているラ・フィエスタが選曲されていた。力強い演奏で圧倒された。トランペットソロもきれいに通る音色で気持ちが良い。
 ラ・フィエスタはカモメのアルバム(上記のアルバム)のB面最後に入っていて、学生時代に様々なレコードをかけながら夜遅くまでなにやらしていた(・・・議論とかよりくだらない四方山話ですね、あとはおふざけ・・・)ころに誰かが持ってきていてときどきかかった。きれいなメロディ。その後、記憶が正しければチック・コリア+ゲーリー・バートンの蝶のアルバムとか、チック+ハービーのライブ盤とかにも収録されていた。たぶん、それまでの内省的というか哲学的というか、はたまた暴力的というか革命的というか、「ジャズ喫茶の片隅で哲学する方向けジャズ」からしたらこういう曲は「堕落」だったのではないか?当時の批評からすると。でも、批評は置いてけぼりを食うわけで、これがまあ良かれ悪しかれ次の時代を象徴する変身だったかも。とにかく気持ちよく素直に聞ける美しい曲。
 というわけで、久しぶりにカモメのアルバムを聞いてみた。今聞くと、懐かしいリターン・トゥ・フォーエバーとしての音楽であると同時に、あのころのジャズを問わず、プログレロックまで含めての、全体の何かをちゃんと色濃く纏っているんだな、と思った。使われている楽器(そのころのエレピの音色)のせいなのか?そしてあのころ「堕落」と言われた(かもしれない)音楽がこれだとすれば、なんだ今はもっと堕落じゃないか、と思ったりするのだが、これはジジイの戯言でありまして、決してそんなことはないのだろう。
 カモメの背景の、ぶれた海のくすんだ水色がとてもいい色に見えた。
 1972年2月の録音だそうです。39年を経て、これはやはり名盤だと納得。

リターン・トゥ・フォーエヴァー

リターン・トゥ・フォーエヴァー