バス運転手


路線バスの運転手が車内に放送する内容に関する裁量と言うのか、自由範囲と言ったことが、どこら辺まで許されているのか知らないが、自宅近くのバス停から茅ヶ崎駅まで毎日のようにバスを使っていると、いろいろな運転手がいることがわかる。私が利用する区間には、六つか七つの系統が走っている。その区間の運転に、例えば一年のあいだに従事することがある運転手が何人いるのか、十人なのか、二十人なのか、五十人なのか、百人なのか、まったく想像出来ないが、社内放送を、聞いていると、この運転手が運転するバスに乗ったことが以前にもあったなとわかることがある。今日の日曜日(これを書いているのは15日の日曜です)、午前10時45分くらいに家の近くから乗ったバスの運転手は、終点の茅ヶ崎駅に到着する前から、大きなはっきりとした声で、以下の主旨のことを淀みなく、二回か三回繰り返して放送した。
・バスを降りる際に両替をする方は右側にお並びください。それ以外の方は左側をお通りください。
・ご乗車の際に整理券を取った方、整理券は機械で読み取るので、曲げたり、折ったり、破ったり、持ち帰ったり、しないでください。
このバスは、後ろ乗り前降り、のシステムで、バスに乗るときにはSuicaなどのカードを後ろドアステップ横に設置された読み取り機械にタッチするか、現金の人は整理券を、カード読み取り機の横に並べて置かれている発券機から一枚、引き抜く。
降りる際には運転席の左側の降車ドアから降りる訳だが、カード払いの客は降車時用の読み取り機にタッチするし、現金の客は乗車のときに引き抜いた乗車券と運賃をまとめて運賃箱に入れる。運賃箱や降車時のカード読み取り機の横には両替機も置かれている。もちろん、運転手は一人一人の乗客が、ちゃんと運賃を支払っているのを見極めるから、降車に当たって運転手のすぐ横、降車ステップは一列に順番に降りる幅となっている。その一列分をふさいで両替を必要とする乗客が、硬貨もしくは紙幣を両替機に入れ、出てきた硬貨をすべてつまんで掌に乗せ、必要な代金分だけ硬貨をすべて選り分け、整理券と一緒に運賃箱に入れる、と言う以上の一連の行為を行うと、その間に普通にさっさと乗客が降車していく五人分とかもうちょっと、列の後の客が待たされる。バスが駅に着くと、乗客の何割かは、電車に乗ってどこかへ向かうだろう。それらの人たちの中には乗り換え時間を気にしていて早く降りたいと思っている人もいる。なので、両替をする乗客が、両替をして払うべき硬貨を選り分ける、と言う行為を、通路を塞がずにやってもらい、他の客野降車を待たせない目的で、右側、即ち降車の本流とは別の列を両替の客にのみ指示するのは全体の効率からして妥当なのだ。
しかし、ここまで明確に、何度もそのことを放送する運転手は、そのI運転手だけなのではないか。
彼がここまで執拗に両替の列と、整理券の扱いに関して、注意を促すようになった何かの出来事があったのかもしれない。両替の客に通路を塞がれた客が怒り始めて、バスの車中で口論になって辟易としたことがあったのかもしれない。
 あの淀みのない放送は、何度も言い続けた結果、もうほとんど自動的に話せるようになっているのだろう。だから、そういうことにはなっていないのだろうが、なぜだか私は、I運伝手が家で炬燵に入りながら、この放送の原稿を練習しているところなんかを思い浮かべた。

 ところでこの写真は昨年の3月に撮った写真から。