変わらない夏の海風

 昨日の土曜日、都内で写真展を三つ見たあと、東京駅から東海道線に乗り、自宅のある茅ケ崎駅からひと駅先の平塚駅まで行った。平塚駅西南口で妹と合流し妹の自家用車でとある場所に行き用事を済ませた。東海道線相模川を渡るときに、ウインドサーフィンのセールがいくつか見えた。最初(フルサイズ換算)24mmの画角で撮っていたが、もう少し望遠側にしようとワンクリック毎に24,35,50,85mmと焦点距離が望遠側にうごく操作リングを回してたぶん50mmか85mmにしたのだが、その間のカメラの応動に時間が掛かり、自分のいる車両は川の流れの上を渡り切ってしまった。私はこの上の写真のように河川敷が手前に入る構図ではなく、川を渡っているど真ん中から撮ろうと思ったのだったがそうは写せなかった。だけど帰宅して写真を見ているうちに、この偶然の画面構成は悪くないなと思ったのだ。これは(珍しくも)まったくトリミングをしていない。
 いまはもう引き込み線などないけれど、1970年代か80年代頃まで、平塚駅からこの河川敷よりはもう一段だけ高いところだっただろうか、工場に向かう引き込み線があったような気がする。写真の右側に鉄の板材やパイプ材を作っているような会社の工場があったし、さらにその海側にも工場があったのかもしれないし、この写真に写った東海道線より下流側ではなく上流側にも引き込み線があって、横浜ゴムのタイヤ工場や日産車体にも引き込まれていたかもしれない。そこでは国鉄の操車場用のディーゼル機関車だった凸形のDD13がワムと書かれた黒い貨車やらを駅と工場のあいだで引っ張っていた。

 私も参加している写真同人ニセアカシアのメンバー5人が写真と文章を載せている不定期刊写真集ニセアカシアの第三号、これは2012年の3月に発行したものだが、そこに私は「今日は家にいた方がよい」という作品を掲載した。写真20枚と詩のような文章を7つ載せた。そしてそのニセアカシア3号は手元に余っていて(あの頃は勢い余ってたくさん刷ってしまっていた)そのうちの一冊は、今は、なんとマウスパッド替わりに毎日使っているからマウスパッドではなくちゃんと本としてページを捲ると、その写真と詩のような文章のページがあるわけだ。本棚にニセアカシア3を探さなくても、いつだって手元にある。7つの詩のような文章の一つのタイトルは「行ってみたい場所」で、その後半にこの引き込み線の妄想のことを書いていた。転載すると

『今はもう、駅からタイヤ工場のあいだに敷かれていた引き込み線は撤去されてしまった。 引き込み線は、途中で川沿いを通る。ワムという名前の黒い貨車が置かれていた。放置されているようでいて、ときどき位置が変わったり青い貨車に変わったりしていた。 雨の日に、引き込み線の貨車の中で雨宿りをしながら釣りをしたいと思っていたことがあった。今はもう、川沿いのワムの貨車は「行ってみたい場所」ではなくて「行ってみたかったけれどなくなった場所」になってしまった。 貨車にはラジオを持って行くつもりだった。ラジオから流れて来るべき曲も、決めていたのだが。』

 もう10年前に書いた文章だ。気になるのはそこに「ラジオから流れてくるべき曲も、決めていた」とあることだ。これは本当はなにも決めていないのに詩の体裁のためにそう書いたのかもしれないが、本当になにかそうなったらこの曲というのを決めていたのかもしれない。そしてそうだとすると何の曲がラジオから流れてくると仮想していたかについては何の手掛かりもなく全くわからない。

 川沿いの道をサックス奏者本人が歩いて行くジャケット写真から妄想してマイケル・ブレッカーの「テイルズ・フロム・ハドソン」だったかもしれない。貨物列車の無銭乗車で放浪する旅のイメージからなんとなくストーンズの「ダイスを転がせ」かもしれない。あるいはアメリカを旅する若者の視点で書かれたサイモンとガーファンクルの「アメリカ」かな。太田裕美の♪ねぇ私たち恋するのって鞄一つでバスに乗ったの♪ではじまるなぜか哀しみを纏ったアップテンポな曲調の「ひぐらし」(松本隆作詞荒井由実作曲)かもしれない。いやいやザ・バンドの「アケイディアの流木」が良さそうだ・・・

 写真を見ると、もう河川敷はきれいな広場になり(もしかすると平塚競輪開催日の駐車場かも)遊歩道も出来ているようだ。

 あの頃、あちこちにあった操車場や引き込み線には貨車が止まり、たくさんの線路にわかれ、夏草が茂りコオロギが鳴き、西日を受けて線路が輝き、貨車の間をギャングや恋人や若者が走って物語を作っていた。私はよく知らないけど、1980~90年代のトレンディドラマでも夜の操車場が使われていた?・・・なんてことはないか・・・

 引き込み線は消えた河川敷はあっけらかんとしていて、そこには変わらず夏の海風が吹いている。

 

南十字星+2

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