須田塾2月例会に出席し早退する。須田塾にはもう7年くらい通っている。ここ一年か二年、私の写真に対して須田先生がおっしゃってくださる感想はそれより前とがらっと変わっている。最近は、被写体(風景や光景)との距離の取り方、付かず離れずの位置取りが恣意的にならないで程よい、とか、そういう話をしていただくことが多い。以前は、そのあたりの住宅地の写真とかであっても、その風景がなにか書割で作られたようで、表面をはがすとその裏にとても怖いものが潜んでいるようだ、といった感想が多かった。
私は、たとえば読書の嗜好も、あまりだいそれたストーリィがあるのは(それを読んでいる最中はもちろんのこと夢中にはなるのだが)結局はそれほど好きではない。ミステリとかの発端となる事件も謎解きも不要である。どこか海外の国を飛び回ったりしなくて構わない。いやいやいつでもそうではないのです。ときにはそういうのもいいです。だけど、基本的に属している居心地のよい分野は、私小説作家みたいな「系統」に違いない。映画も、ハリウッド映画はあまり見ないのであります。感情操作のために常時音楽が流れていると辟易としてしまう。といった嗜好が実は写真にも現れていて、付かず離れずほどほどにさらりとありきたりの日常ばかりになっているのかもしれないな。
ところで長嶋有の「ねたあとに」は面白かった。
京都にはよく行くわけだが、今回の京都旅行では、やっと撮った写真が、一枚一枚の出来上がりということでは全然なくって、その全体としてまあ気に入ったものになっているように思っていたので、六十枚ほどプリントして須田塾に持って行った。
須田塾の方式は昨年までは、二百枚とか四百枚とか、その月に撮った写真をあまり事前セレクトせずにどかんと束で持っていく、多い日は千枚でも可であって、その束からすごい勢いで須田先生が一瞬の見極めで写真を選んでいく、選んだ写真を並べてみなが感想を言い合う、といった手順で進んでいたが、最近はだいたい60枚くらいを事前に選んで持っていく方式になった。それをいきなり全部、机の上に並べる。並んだ60枚を見ながらみんなが感想を言っているあいだに須田先生が写真を見まわして、そこからセレクトをしてくださる。そして並び順なども検討してそのセレクトを置いてくださる。すると毎月の例会で20枚から30枚くらいのセレクトが並び順まで込みで示される。この並び順まで込みで須田さんならこう選んでこう並べる、というのを毎月やっていただけるのは、ホントにありがたいし得るところも多い。
今日も二十数枚の写真を並び順まで構成してくださり、上記コメントもいただき、とても勉強になった。
>
夜、なにがきっかけだったのか、自分が中学生のころにポール・マッカートニー作曲の楽曲でデビューしたブラウン・ライスというコーラスグループがあったのを思い出してYOUTUBEで検索してみたりして、そこから惣領智子の歌に移動し、松原みきに移動し、数少ない赤い鳥の動画で翼をくださいを歌う山本潤子はきれいだ、と思ったりしていたのだが、そんなことで70年代80年代の歌を聴いているうちにふと書き込みを読んでみたら、松原みきは20004年だかに癌で亡くなっているということを今頃になって知ったのだった。真夜中のドアは名曲だが、私は二枚目の愛はエネルギーも好きだった。
・・・なんというか、なんとも言えない偶然なのだが、そんなことに驚いていたら、高校時代の同級生Sからメールがはいってきて、同級生Oの訃報を伝えてくるものだった。