余白やの午後@梅庵


 珈琲+古本+音盤の「余白や」の鵠沼海岸の実店舗が、先月、店じまいをしたのですが、ネット古書店やパラサイトカフェ等で「余白や」自体は継続しますよ、という、店主Yさんの宣言どおり、今日と明日、本鵠沼駅から徒歩五分くらいの住宅街にあるアトリエ梅庵にて「余白やの午後@梅庵」が開かれる、というので、本日の午後遊びに行ってきました。何年か前に、梅庵で向後さんの湘南カクテル写真展が行なわれたとき以来、二度目の訪問。(梅庵 http://ume-an.com/
 Yさん、作務衣を着て座卓に座り、泰然としている風。でも、次のCDに何を選ぶか?、雨だと思ったから雨に似合いそうなのばかりを持ってきたんだけどなあ・・・とかなんとかぶつぶつと独り言をおっしゃっている。今日は快晴。私は藤沢駅から住宅街の中を、写真を撮りながら歩いてきたのだが、着いたときの暑さが、冷房装置の効いている部屋の強制冷却とは違い、窓から入る風と扇風機によって、ゆっくりと冷めていく。ホット珈琲をいただく。中島敦全集など、古書も持ち込まれている。すりガラスに木洩れ日が揺れている。結局、一杯の珈琲で二時間くらい居座ってしまう。
 梅庵オーナーのMさんとは写真や京都の話。京都の石庭の話で盛り上がる。フイルムカメラの名前が次々と飛び出てくるのでびっくり。こんど写真をみてもらう約束をする。
 それで、Yさんが最終的に選んだ、あのピアノ曲集、何と言いましたか?最近、肝心のことを覚えておらず・・・
 そうだった、今朝、持病の薬をもらいに行きつけの医院に行ったのだが、血圧が110-90で下が高かった、あるいは上と下の差が小さいな。
 それとこれとは無関係か・・・。山梨で自給自足をしながら週末カフェをやる計画の若い人と、少しだけ写真の話をする。どんな写真を撮るのか?と聞かれ、上手くその答えを話せないのだった。あるいは判らないのだった。

 最近は、部屋に本が溢れていて、整理をしなければならないという強迫観念あり。いままでブックオフやらに本を売りに行く、その本を選ぶ行為を何度もかいくぐってきた本も、とうとう今回は手放すかもしれない。例えば、もう文庫が出ている村上春樹の80年台〜90年代に出た単行本(一応、ほとんどが初版でしょう)なんかももう手放そうと思っている。
 溢れている本の中には、どこかの古書店で買ってきて積んどくだけ、読まずに何年も部屋にあって、読まないまま手放そうと思う本がある。しかし・・・と小便をしながら(?)ふと思う。それって完全無欠の散財。散財どころか金を捨てているのと同等であろうと。
 でも、またもや小便をしながらふと思う。いや、それを買ったことに至った行動や、持ち帰ったこと、読まなくてもそこにあったこと、などが全てなんらかの意味があったに違いない、と。
 そんなこんなで、夏になるとトイレの回数も減るから、それ以上は考えない。ただ、どうせならぱらぱらっと、ナナメ読みでもいいから売却(もしくは廃却)する前にめくってみようとだけ思う。
 それで、先週から小川國男著「花深き」、黒井千次著「一日 夢の柵」、田村隆一著「僕が愛した路地」、なんかを読んでみたら、あたりまえか、読んだらそれぞれ面白くて、手放すのが惜しくなったり。田村隆一の路地の本は、石田千の踏み切りの本を読んでいたらその中に出てきたので、鎌倉のどこかの古書店で見つけたときに買ったのだと思う基本エッセイなのだろうが、夢うつつの中にふらりと入るような、不思議な感じの文章。

僕が愛した路地 (1985年)

僕が愛した路地 (1985年)


 今朝の早朝は、レンタルDVDで邦画「女の子ものがたり」を見たのだった。ずーっとどってことないぞ!とたかをくくって、予防線を張ってみていたのだが、ラスト近くの幼女と主人公のやりとりで、やばい、どどどっと泣きそうになるのだった。というか泣いたんですけどね、50代のおっさんが・・・
女の子ものがたり [DVD]

女の子ものがたり [DVD]



(この写真はMさんの撮影)