ずっと雨男のまま返上できずにいる。思い返せば、二十代後半のころには友人Iくんたちと、よく、オートバイでツーリングに行ったものだったが、その頃にも雨が降ることが多くて、ではツーリングにチーム名を付けるとしたら「ツーリング倶楽部・雨男」だな、などと話していたものだ。即ち二十五年くらいずっと雨男である。松本に行ったのも二十五年くらい前だったから、松本で雨男の呪縛を受けて以来それが解けずにいるのかもしれない。そして今日の雨を持って、呪縛が解けないだろうか?昨年からのことを思い返しても、九州の阿蘇に行った日も雨で山は眺められず、鹿児島も雨で櫻島は雲の中、何度か行った京都でもしょっちゅう雨ばかりだった。今回の松本に至っては、その日まで晴れの予報だった4/30に雨が降り、そして今日5/1は予報通りの雨である。
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ホテルをチェックアウトし、駅のコインロッカーに荷物を預け、晴れていればアガタの森まで歩いてみようと思っていたが断念し、タクシーで市美術館に行く。今日は市制記念日かなにかだそうで、市の施設はのきなみ無料とのことで、ちょうど開催していたマイセン磁気の展覧会を無料で見学。そののち、みずのさんぽ社の企画、午後一時に松本城に集合して建築家の案内で市内を歩くという「建築家とめぐる城下町・みずのタイムトラベル城北編」を予約し(市美術館に受付が設けられていた)、それまでのあいだにL PACKの二人による池上喫水社に行ってみた。
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池上邸の蔵の中全体を使ってを使って、ガラス管(真っ直ぐ伸び、ときに大きく曲がり、ときに螺旋を描く)とコーヒー豆を入れた抽出壜と、コーヒーを溜める丸い容器(上の写真)を組み合わせた水出しコーヒーの「装置」が作られている。耳を澄ませると、しずくが落ちる音がかすかに聞える。前日に作った水出しコーヒーをその翌日に飲めるのだが、市内の別々の二箇所の井戸から取った水を使った二杯を飲み比べできる。豆は同じものだそうで、水による差を味わう利きコーヒーになっている。
L PACKの背の高いほうの方がひっそりとした声音で、手前がどこどこの水で、こちらがどこどこの水で作っています、などと教えてくれた。残念ながら「どこどこ」が何だったか忘れてしまったが、華道家の方の庭の湧き水だとかお医者さまの庭の井戸だとかではなかったかな。そして、何よりも驚きだったのは、二つの同じ豆から作った水出しアイスコーヒーの味が、まったく違うものだったことだ。片方は甘く柔らかで、片方は硬質だった。
ときどき「装置」の最上部の水瓶が空気を吸い込むぼこっという音が聞こえた。鳥の声も聞こえた。遠くから何かを主張する拡声器の声が聞えてくるが何を言っているのかその意味までは聞き取れなかった。Tイトウさんのマミヤ7のシャッター音も聞こえた。やってくるお客さんとL PACKの二人が「こんにちは」と言い合う声が聞えた。
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池上喫水社をあとにしたころから雨がやっと上がる。途中、昨晩行ったジャズ喫茶の下の階にあるとんかつ屋で昼食を食べ、午後は予約しておいた散歩ツアーに参加するも帰りの時間が迫り途中で帰らせてもらう。帰りの電車が走り出したら松本は青空が見え始めているのだった。
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- 作者: 吉田篤弘
- 出版社/メーカー: 中央公論新社
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(単行本のときは「十字路のあるところ」という題名だった)