山下恒夫写真展「田園都市」

 午後、銀座の一階に日産のショールームのあるビルの六階にあるソニーギャラリーへ行き、山下恒夫さんの写真展「田園都市」を見て、近くのAKIO NAGASAWAで会期終了近い森山大道「記録」に回り(二度目)、さらに有楽町駅近くのエプサイトで大西みつぐ写真展「島から」も見て来た。山下さんの写真展は渋谷から西に伸びる東急田園都市線の住宅街をこのひと夏かけて撮った写真展で、人はほとんど写っておらず、新しい分譲住宅がごちゃごちゃと建ち並び、その隙間に、小さな公園や墓地やまだ開拓されていない藪や林が残り、夏の空は容赦なく熱を降り注いでいる、そんな写真だ。何枚かは1980年代、例えば港北ニュータウンが造成される前の土地開発と道路の施設だけは終わり、ただ、ずっと遠くまでまだなにも建物が建っていない頃のモノクロ写真が展示され、40年以上経ったいまと比べることも出来るが、それに拘泥しているわけでもなく、何枚かに限られているのが気張らずに良い。こういう新しいけど、ごちゃごちゃして、日本らしい瓦屋根も少なく、なんちゃって××風の家が所せましと並び、起伏の多い土地だから、家を作るための造成も斜面から平面を切り出すより、斜面に平面を突き出すようなところもあり、まぁ雑然としている。××風というのは南欧風とかそういうことです。でもどこへ行っても、日本の新しい造成地で一気に町が出来るとき、いまはどこでもこういうことなんだろう。そこには、社会的な背景によるやむをえぬ事情やらなにやら ~東京一極集中とか、住宅価格と個人収入のバランスとか、鉄道延伸に伴う宅地開発の同時性とか、世代共通の価値観とか、あるいは、住宅の寿命に対する無意識の感覚のようなことから死生観まで関係しているか~ そういう国民性、とまで言わぬとも、神奈川県民性とか関東の人性(笑)のような集合意識が作っている町だと思う。すなわち私もそこに属している(わたしは田園都市線沿線ではないですが、まぁ一括りで)「足元の」「ホームの」町であり、見慣れていて日常で憧れではなく、だから写真を見て、きれい!行きたい!という感情は絶対に生まれない。この「絶対に」がすごい。そして、そのくせ「足元の」「ホームの」だから、写真に写ったあちこちが、嫌いではない(好きでもないけど)のだ。そして結局はそんななかにある瓦屋根の家や、昭和40年代ころから生き残っている団地を見るとほっとするのは、これはもう私の世代の持つ「懐かしさ」の発露なんだろう。山下さんご自身と写真を見ながらお話させていただき、ずいぶん勝手なことも言ったかもしれません、すいません。ありがとうございました。

https://www.sony.co.jp/united/imaging/gallery/detail/221007/


 さて、写真をたくさん見た後の帰路は、自分も写真を撮りたくなるもので、いつもの車窓写真をいつも以上に撮る。西へ向かって東京駅を出発したばかりののぞみは、飛行機でいえばまだ離陸したばかりで、乗客はそわそわしていて、シートベルト着用サインも消えていないところにあたる。そのわりにみなさんスマホに夢中ですね。

 多摩川を渡ってすぐ自動車学校が見える。二輪用の一本橋は同時にこんな風に坂道に設けられているんだっけ?

16日朝に追記)山下さん、田園都市を撮るにあたり、朝と夕方は撮らない決まりにしていたそうです。フォトジェニックになりセンチメンタルを誘える時刻を避けたのが却って粋ですね。こういうの「矜持」って気がする。人を入れないも決まりにしてたんですね。下記サイトのインタビュー記事にそう発言されてます。

https://dc.watch.impress.co.jp/docs/column/shashinten/1446523.html