これだって一枚の月食写真

 会社帰りの環状八号線道路の歩道や歩道橋の上に、二人三人、ときには五人くらいの仲間で、空を見上げている人がいた。スマホで写真を撮っている人も大勢見えた。最近の四種類くらいのレンズを装備し、ディープラーニングで賢くなった画像処理技術で、きれいな写真をスマホが作ってくれるのだろうから、こんな写真よりはるかにちゃんと月が撮れているに違いない。

 せめてセンサーサイズ1インチのズーム倍率25倍、望遠端焦点距離がフルサイズ換算600mmのカメラを持って出れば良かったのだが、家を出るときは月食があることなど忘れていて、いつもの4倍のコンデジ(発売後10年は経っていないけど5年は経っている)をデイバックに入れておいただけなので、いろいろ調整してもせいぜいこんな写真しか撮れなかった。だいぶトリミングをしています。明るい部分の月の模様が写るようにすると、赤銅色の部分が黒に紛れてしまう。

 帰宅してテレビでニュースを見ると、赤道儀にカメラを装着したり三脚に超望遠レンズを載せていたり、それはもちろん素晴らしい天体写真が撮れそうな人々のニュースが流れていた。

 まぁだけど、いつも通り出勤して、いつ戻り四つか五つの会議を聴講したり発言し、夜になり、東の空の月食が始まる前の満月が美しいなと思い、いよいよ欠け始めると、誰かが月を見て「欠け始めてる!」と言うと、なんとなく仕事の手を休めて、四人五人と仲間が使われてない会議室に集まり窓から空を見上げる。写真で見る赤銅色に見えないね、等々、なにかワイワイ話して、また仕事に戻る。持っていたいつもの4倍ズームのコンデジでこの写真を撮ってから、まだ残業を続けている若い人たちに「おさきに!」と言った。

 そういうのがこの写真にまつわる私的なこと、今日のことで、そういう日常のなかに月食という特別なことがちょっとだけ入り込んだ一日があったと、私はこのたいしたことのないこれだってまあ月食だよね、という写真を入り口に、未来のある日にも思い出せるとしたら、それは素敵なことだろう。