目を閉じた猫

  夜になると一斉に電飾が付き、人が集まって来る飲み屋の並ぶ線路沿いの路地の昼。店を開けているのは昼カラオケをやっている一軒か二軒だけ。漏れ聞こえてくるのは男が歌うテンポがずれた浪漫飛行で、その歌声も、いくつかの路線が平行に走る裏の線路の方からの電車の音でかき消される。

 フイルムの一眼レフカメラ、マニュアルフォーカスのカメラを首からぶら下げ、ひっそりとした昼間の路地を息を潜めて歩く。眠っている路地を起こしてはいけないから、ひっそり静かに。エアコンの室外機の上に猫がいる。この姿勢は正座をして座っているというように見えるが、猫好きの人に姿勢の正式名称を聞きたいものだ。猫だって、こんな風に路地に住まい、その路地が街歩きスナップ好きのおじさんの格好の被写体であれば、ときどきカメラを向けられるに違いない。カメラ慣れしているだろう。カメラを向けられて、目を瞠ると、すかさず撮られてしまう。なんだか最新のカメラは動物瞳優先AFがあるらしいから、きっとピントが目にぴたりと合った成功写真がたくさん撮られている。スマホカメラで撮られることも多い。

 猫は思う。このおじさん、カメラを構えたあとに、すぐに撮らない。だからもう目を閉じてしまおう。眠り猫になろう。なにをもたもたやっているのだろう。いまは写真を撮るのにそんなに時間を長くかける人はいないのに。それでサービスで目を開けているのも辛くなった。疲れていて眠いんだよ・・・・。だからもう猫はシャッターが押される前に目を閉じた。

 おじさんは、ピントリングを回している。絞りリングも回す。シャッターを押すまでのあいだにするべきことが多々あるのだ。その「多々」が自動化されて久しいが、このカメラだと「多々」をおじさんが自分でこなさなければいけない。だから時間が掛かる。

 すぐに撮ることが出来る方がいいわけでもないだろう。この写真の猫、少し前は目を開けてカメラ目線だったが、上記のように待ちくたびれて目を閉じた。

 目を開けてカメラ目線で写った写真の方がよりよいかどうかはわかりませんね。