散歩で見つけた古いマンション

 メタセコイヤは常緑樹っぽい樹影だけれど(個人的感想です)秋になると赤茶色に紅葉して葉を落とし、春には細い葉に日の光が取り込まれて光り輝くように瑞々しい新芽が出て来る。友人たちとニセアカシアという写真のグループを作ってときどきzineというのかグループ写真帖を発刊しているけれど、ここ数年は止まってしまっている。残念だけど、仲間には稀に会ったり、ラインで話したりはしている。ニセアカシアは2011年に1号が発刊したから2010年頃に結成されたのだが、その数年後にニセアカシア仲間のHさんが、ずっと年若の写真好きの連中と、こっちはメタセコイヤというグループを作った。メタセコイヤは一回だけグループ写真展をやって活動停止しているが、そんなこともあり春になってニセアカシアが白い花を付けたり、秋になってメタセコイヤが紅葉すると、その二つの種類の木にはついつい注目してしまう。先生が否応なくクラスのなかでも生徒の誰かを気に入って、無意識的にもえこひいきになっている感じ・・・よりももっと意識的だ。

 ある日、下町をフイルムカメラを首から下げてぶらぶらと歩いていたら、メタセコイヤマンションという表札を見つけた。上記のようにメタセコイヤには思い入れがあるので、好感を持った。正面玄関が木々に覆われた庭越しによく見えない。その木々のなかでも存在感のあるのは、上の写真のメタセコイヤで、名前の通りマンションを象徴している一本なんだろう。ネットでマンションの名前を調べると、不動産屋さんのサイトに中古マンションの分譲情報としてこのマンションのこともたくさん出て来る。なんでも1964年築らしいから昭和39年だ。なんとなくだけど昭和40年以前となると相当古い感じがしてしまう。調べると家の近くの茅ケ崎市浜見平団地が同じ1964年築だったが、ここ数年で一気に新しい建物に変わった。

 メタセコイヤを見上げていたら、玄関から一人の老婦人が出てきた。草木のことでひとことふたこと話したが、何を話したんだっけ?今年は紫陽花も早いわね、とか、そんなことだったんだろう。話した内容は覚えていないけれど、すごく穏やかな気分になったものだ。マンションに用事があるとしたら、写真を撮りたいという用事なんだけど、それはマンションの中にお邪魔する理由としては希薄というか理由にならないだろうから、玄関から中に入ることは出来ない。だから外から見た玄関の写真だけ撮った。この写真にも赤い色が写っているけれど、不動産サイトには物件紹介のためだけど、こんな私の写真よりずっと上手い、たくさんの建物の外観や内観の写真が載っていて、それを見るとこのマンションの玄関ホールは赤いカーペットが敷き詰められていて、しかも広くて、豪華な造りらしい。60年代の高級マンションというものがそうだったのかな。

 マンションというものは分譲時に、マンションを買おうという30代中心にした同じような世帯の方が集まるから、時の経過とともに建物も住民の平均年齢も老いて行く。私の住んでいるマンションもしかり。だからメタセコイヤマンションにも二代目の方や、新たに引っ越してきた若い方もいるに違いないが、総じてお年寄りが大勢いらっしゃると勝手に推測できる。赤いカーペットの玄関ホールで定期的に住民が集まって、弦楽奏のコンサートを聴くかもしれない。住民の中には引退された芸大の先生がいるような妄想。そして、さらには、赤いカーペットの上でダンスパーティが開かれるかもしれない。いやいや、ダンスパーティじゃないですね、舞踏会でした。

 ちょっと想像してください。マンションの玄関が、築後の60年のあいだに緑豊かになった庭の向こうに、ちらっと見える。よく見ると玄関ホールに人が集まっている。赤いカーペットの上に人がいる。微かに流れて来る音楽に耳を澄ませ、聞き取ろうと玄関に近づくと、そこではアルゼンチンタンゴが流れていて(ピアソラだ!)、何組かの男女がタンゴを踊っているではないか!ガラス越しに踊る人たちを見る。肩に掛けたショッピングバックにはさっき八百屋で買った、今年はじめてのスイカが入っている。指先で、バッグの布越しにスイカをたたいて聞こえてくるタンゴに合わせてリズムを取ってみた。ほんの数秒そんなことをしてから踵を返して、前の道に戻った。帰ったらこのスイカを冷蔵庫にいったん入れて、夜になったらテレビで野球かサッカーの中継でも付けながら、テレビの中の試合にはにそれほど熱中はしないで、スイカを割って食べよう。その計画はマンションに立ち寄る前と同じなのに、タンゴを踊る人たちを見たあとの今は、その計画がより素晴らしいと思えた・・・想像話でした。

 

PS

 さきほど、ベニシアさんの訃報ニュースを知りました。ご冥福をお祈り申し上げます。目が不自由になり番組の更新も減って、やがて新しい収録が見られなくなっていましたが、それにしても急な訃報に驚きました。