色鉛筆のサイン


 朝、起き出したらちょうど妻が珈琲を入れていた。ちょうどペーパーフィルターに湯を落としているところだった。食パンを焼いてバターを付けて食べながら、珈琲をブラックで飲む。茅ヶ崎ビーンズ香房の豆。朝、くもり。
昼ころより晴れ。何故かいま読んでいるのは中学のブラスバンド部を舞台にした青春小説、中沢けい著「楽隊のうさぎ」。その本を昼過ぎに読み終わる。
 午後、6年か7年に一度回ってくるマンションの理事会に出席。3時過ぎに帰宅したときにはまたくもり。録画してあった映画「青空のルーレット」を見始めたが眠くなり、半分くらい見たところでやめる。夕食にワンカップチョーヤ梅酒を飲み、アド街っく天国「弘明寺」をテレビで見る。とあるちょっとした理由があり、親しみのある何度も行ったことのある商店街。この商店街に自家製さつまあげの店があって、行くとたくさん買ってきて食べる。それを夕食のおかずにしようと思っていても、大抵はおやつみたいに生姜醤油につけてつまみ食いをしているうちになくなってしまう。その店が第30位に入っていたので、一緒に見ていた家族たちと盛り上がる。

 夕刊をめくったら写真家稲越功一氏の訃報。ここ数ヶ月でたくさんの敬愛していた方の訃報を目にする。画家アンドリュー・ワイエスの訃報はNHK日曜美術館でご本人のインタビューを見た少し後だった。ジャズ・トランペッターフレディ・ハバードの訃報を目にしたときには、ハービー・ハンコックのリーダーアルバム処女航海のタイトル曲でのソロのフレーズを思い出した。仙台のジャズ喫茶でかかっていたハバードのリーダー作「オープン・セサミ」が気に入って、その足でHMVにCDを買いに行ったことなんかもあった。昨日は写真評論家の平木さんの訃報。つい先日本棚から久々に引っ張り出してみた川崎市民ミュージアムで行なわれた美術展の図録で平木さんの文章を読んだばかりだった。
 稲越功一氏の写真と村上春樹の文章によるなんとか言う本が出たときに、その写真展を渋谷のパルコのギャラリーに見に行った。会場にご本人がいらっしゃって、私は写真集を購入してサインをしてもらった。1980年代前半のことだ。そのサインは水色の色鉛筆で書かれたと思う。

 写真は1988年ころに山梨なのかな長野なのかな、原村のペンションに会社の写真部の連中で行ったときに撮ったもの。ペンションの部屋にスライドプロジェクターとスクリーンを持ち込んで、順番にメンバーの撮った写真をスライド上映してああだこうだとしゃべった。その夜に見たメンバーの写真に触発された気分のまま、翌日、田園風景のなかをカメラを持ってぶらつき、こんなブランコやシーソーがある小さな公園を見つけたのだった。