大口、子安、鶴見


 6/15土曜。法事。午前十一時に巣鴨の亡祖父母の菩提寺にて読経を聞く。小雨の中の墓参。叔父との会話。そののち、神保町東京堂へ行く。年二回発行される「四月と十月」最新号を買おうと思ってだったが、置いていない。リトルプレス系の入庫が滞っているとの説明を受ける。そのまま明治大学の前を通って御茶ノ水駅へ。雨強くなる。電車で神田へ。須田一政写真塾6月例会に出席する。250枚プリントを持っていき、須田先生に50枚強、セレクトしていただく。それを机の上に並べて、いつものように出席しているメンバーの方にご意見をいただくのだが、ほんと申し訳ないことに聞かせていただいた感想をすぐに忘れてしまうのだった。それは今月持って行った自分の写真に自分自身として自信がない、というか、気に入っていない(気に入っている写真が少ない)というところに根差していて、なんとなくそれらの写真に、こんなのどうでもいい、といった思いがあるからなのだが、まことに自分勝手で申し訳ない。須田塾を少しだけ早退させていただき、地下鉄を乗り継いで清澄白河へ。東京都現代美術館へ行ってトーマスデマンド展を急ぎ足で回る。

 6/16日曜。昨晩、歩き疲れてふくらはぎにどーんと鈍痛があって、日曜は一日中家でごろごろしていることを身体がのぞんでいたが、いざ朝になったら痛みも引いていて、雨も上がったことだし出かけようかな、と思う。ちょうど家族の某が都内に用事があるというので、では二時ころに合流して遅い昼食を食べよう、ということにして、二時までのあいだカメラをぶらさげてぶらつくことにする。さてどこに行こうか?本棚を見たら十年くらいまえに購入した堀内ぶりる著「横浜徘徊」という本があった。帯には「あなたの知らないディープな横浜へ御案内します」とある。その本の最初に「子安・鶴見」が載っている。それをさささっと読んで、じゃあまあだいたいそこに載っていたあたりを歩いてみるか。茅ヶ崎から東海道線で横浜、横浜から京浜東北線で東神奈川、さらに横浜線でひとえき、大口へ。以降、大口の商店街をずっと歩いて、子安へ。子安の運河の回りを一回りしてから、京急で生麦へ。そこから旧東海道を歩いて、途中鶴見線国道駅のあたりをぐるぐるまわり、最後はJR鶴見駅。その後は家族と合流すべく東京へ。
 十年くらいまえまでだろうか、鶴見線にクモハ12という木でできた床の、茶色(あずき色?)の古色蒼然とした一両の電車が走っていた。二両編成だったかも。その電車がまだ走っていた二十数年前に、鶴見線に乗って、国道駅のガードした商店街や国道理容室やらを写真に撮りに来たことがあったが、それ以来になる。日曜日のせいもあるのか、あるいはすでに閉店してしまった店が多いのか、ガード下商店街はすべての店のシャッターが下りている。フイルムカメラを提げた女子一名が空地に座り込んでタンポポの花にレンズを向けてマニュアルフォーカスリングを操作している。ほかにもカメラマンがちらほら。歴史探索ツアーのような数十人一塊の集団が国道の魚河岸通りを歩いて行く。その魚河岸通りの魚屋さんもほとんどシャッターを下ろしている。これはたぶん日曜日だからだろう。上の写真がそんなあたり。
 今日歩いたあたりはすべからく埃っぽくて素っ気ない。殺風景な街だ。駐車場に無造作に止められた軽トラックや自家用車。古びた飾り気のないアパートと倉庫。真夏には路地全体に熱気を持った空気がわだかまってしまいそうだ。大型トラックは轟音をあげて国道を突っ走る。
 帰宅してチェックして、相変わらず面白い写真が撮れていない。

横浜徘徊

横浜徘徊