のぞみは西へ


 今年もKYOTO GRAPHIE(第三回)が明日の18日(土曜)から始まる。というので、17日の金曜日、仕事が終わってからすぐに品川駅から東海道新幹線のぞみの客となる。途中、富士山が見える。富士山の決定的瞬間(ドラマっチックな風景を成す瞬間)を、追いかけ続けている大勢のカメラマンの撮った傑作写真と比べてしまえば、ただたまたま乗った新幹線から偶然に観た平凡でどうってことのない富士山の写真。だけど、そういう滅多に出会えない決定的瞬間の富士山の写真という位置づけとは違う視点で、すなわち「今日から始まる私の旅の始まりの一枚」と考えれば、旅の始まりの期待感を表す一枚として、この一枚から始まる(以降)富士山はもう出てこない旅の写真の最初の一枚として、この写真が決定的でないゆえの意味が大いにある、という捉え方も、もちろん、出来る。

 夜9時過ぎ。四条河原町あたりのひと月も前から予約しておいたビジネスホテルにチェックインしたあとに、一人、カフェ・アンデパンダンに行く。アルコールはほとんど下戸なのに、京都の地ビールを一本。ポテトサラダとトルティージャ。ビールを持て余し気味に、薄暗い店内で本の字を眼鏡をかけてピントの合う距離ではよく読めない(解像度不足)。そこで眼鏡を外してテーブルの上に置く。そうすると、今度はすごく近くしかピントが合わない。すごく近くに本を持ってきて、すなわち顔にくっつけるようにして本を読み始める。リトル・ピープルの本は投げ出してしまったから、ずいぶん前に買ったまま読まずにいたパトリック・モディアノの青春小説。

 カフェ・アンデパンダンにはほかに私のような「おじさん又はおじいさん」などいない。みんな今の自分の青春について語っている。私だけがパリに彷徨う本の中の二人の青春を読んでいる。


ある青春 (白水uブックス)

ある青春 (白水uブックス)