早川


 荒川洋治著「夜のある町」を読んでいる。いったい、いつ、どこの古本屋で買ったものだったろうか。本を買っても、だいたいすぐには読まない。ときには一年か二年経ってから読み始める。「夜のある町」と言う題が気に入ったものだったのか。いまは「夜のある町」と言う言葉に惹かれるが、買ったときもそうだったのか。これは1990年代に著者が新聞をはじめいろんなところに書いた随筆を集めてある本だ。真ん中あたりに、横光利一が「夜の靴」と言う、戦時中の疎開生活をしていたころのことを日記のように書き記した本をたよりに、荒川洋治が、横光が疎開をしていた鶴岡市を訪ねる旅の記録が収録されている。誰かが誰かの思い出を語るのを読んだり聞いたりするのは、なぜ面白いのかな。思い出を語る人の、その思い出が、時間に風化されて丸くなっている。その丸さが伝染してきて、どこか自分の思い出に接続するのかな。横光利一の小説を、1990年代に、茅ヶ崎駅から自宅までの途中、もう取り壊された水泳教室の入っていたビルの一階にあった面積の大きな古本屋によく寄り道をしていたころに買って読んだことがあったと思う。「機械」とか「春は馬車に乗って」。しかし、内容をなにも覚えていないのです。
 21日の土曜日、YさんとHさんと三人で早川港近くの食堂でカワハギの刺身や、金目鯛の煮つけを食べた後、小田原文学館を見て、川崎長太郎小屋跡から旧抹香町を歩いた。小田原文学館では小田原にゆかりのある作家がたくさん紹介されている。名前を知っていた著作を読んだことがあるのはせいぜい川崎長太郎くらいか。名前を知っていても著作を読んだことがない作家や、名前すら知らない作家がおおぜい。
 知らないこと、読んでいないことが、すごく勿体のない感じがするのだった。
文学館からういろうの店を経由して、蒲鉾の店、と言うよりむしろ工場か・・・蒲鉾の工場の多い通りを歩き、土産にと、小田原の蒲鉾店で一番に古いと伝えられているらしい鱗吉でしんじょうを買う。ついでにその場で炙ってもらい店先で食べた「てこね揚げ」が美味しい。魚の干物そのものを食べているような魚の香り。
長太郎の小屋跡の碑がある場所は、西湘バイパスを潜れる小さなトンネルの近く。トンネルから海へ出ると小石の浜だった。
旧抹香町の辺りを経由してから、駅へと戻る。冬の陽射しが暮れ諦めるのを、少し粘って先のばししてくれている。いやなに、ただ冬至からひとつきを経て、少しだけ日没時間が遅くなったってことなのだが。店内に開店祝いに贈られた花が並ぶ新しいLAWSONの駐車場で、寒くなってきたからダウンジャンパーとコーデュロイボタンダウンシャツのあいだに、デイバックに入れてきたセーターを着込む。それからせいぜい三階か四階の高さのビルがギザギザと切り取るオレンジ色の空を見たときに、それらのビルに光と影を作るそこからは直接は見えない夕日に粘りを感じたりしたのだ。
 そう言えば、文学館の庭には、もう梅が咲きはじめていた。

 写真は早川漁港の水揚げ場から二階に上がる階段。二階には一般の人も入ることができる食堂がありました。