作り話

  昨日のブログにカフェのアクリル板に映った外の新緑の写真を選んだ。そんなことはもうすっかり忘れて、今日は、以前に撮った写真を見直し、これを選び、モノクロに加工してアップした。アップしたときに、アクリルかガラスか、今日もまた、そういう透明板に映った像と、実際にそこにある光景が交じり合ったような写真を選んでいた。昨日今日となにかこういう写真に惹かれる気分になっているのだろうか。写真の右の方に一番大きな人影で反射して写っているシルエットが多分、私だ。

 5月も下旬、もう昼の長さは夏至の日とそう変わらないだろう。県道の欅並木の大きな欅の木々の葉はすっかり濃くなった。友達に会うために家を出て駅に向かう。道沿いにあった老舗の鰻の店は数年店じまいをしたままだったが、ある日気が付くと駐車場になっていた。その新しいタイムズ駐車場の5台分のスペースに3台の車が停まっている。青いクーペの運転席ではシートを倒して、赤い開襟シャツを着た少し太った若い男が、顔の上に黒いハンチングをずらして置いて眠っている。青と赤と黒がずいぶん派手な光景を作っている。その車のボンネットの上に猫がいる。白にところどころベージュがかったグレーの模様が入っている猫が、フロントガラス越しに眠っている男を観察するように見ている。ときどき見飽きると空を見上げ、片手をあげて目をこすり、手を降ろしまた男を見ている。猫は男の飼い猫なのだろうか?と思ったときに大粒の雨粒がボツボツと音を立てて降って来た。すると猫は立ち上がり。ボンネットからコンクリートに飛び降りて、駐車場の精算機の後ろを通ってブロック塀に飛び乗ると家と家の隙間の先へ消えて行った。私は傘をさす。それからもう駐車場を眺めるのをやめて、歩き始める。紫陽花の花が、咲いたばかり。白っぽくて色を纏っていないが雨に濡れて揺れている。駐車場の隣の消防署の駐車スペースには二台の消防車と一台の救急車が収まっていて、今は呼び出されずここにあって平和そうだ。小学生が二人、縦笛を吹きながら、雨にぬれても平気の平左という感じで歩いくる、聞こえるのはアマリリス(曲名)だった。たどたどしい指の運びでゆっくりと進む、時々音が外れるアマリリスだ。私の黒い傘に雨が当たっているはずだが、その音があまり気にならない。縦笛の音がちゃんと聞こえる。この傘は数年前に電車のなかに置き忘れてあった高級そうな傘だ。何年も前のこと。忘れ物として届けようとしてターミナル駅で電車を降り、結局乗り換え時間がほとんど残ってないなか違うホームに走り、そのときには傘を持ってきたことを忘れてしまい、乗り換えた新幹線であらためて気が付いた。それでもう遺失物に届けることをしないまま持ち帰ってしまい、以来ずっと、雨の日も使わないまま玄関に置いてあったが、今日、とうとう使ってしまった。欅の下の道の途中で家に忘れ物をしたことに気が付く。忘れたのは、友達に貸す約束をしているCDアルバムだ。ジャケット写真にはバンドメンバーの顔がイラストで描かれている。顔は右上に集まって描かれている。少し立ち止まり考えた末、取りに戻ることにした。再びタイムズ駐車場を通る。猫はいない、雨は強まる、青いクーペが停まっている。車の中で相変わらず男が眠っている。黒い開襟シャツを着た少し太った若い男が、顔の上に白いハンチングをずらして置いて眠っている。違和感を覚え、その違和感が入道雲のように膨らむが、理由がすぐには判らない。最後に、いまはタイムズ駐車場の場所にあった店で鰻を食べたのは四年くらい前のことだったな、と思い出す。更に欅並木を百メートルほど歩いたときに、男のシャツの色とハンチングの色が、行きと戻りのときとで違った気がしてきた。でも見まわしてもおかしなことはほかにはないから、一つのちっぽけなおかしなことなんてなかったことにして封印してしまえばいいや。それにしてもこの傘はちゃんと雨を受け止めて私を濡れないように守ってくれているこの傘は、雨が当たっても音をまったく立てないのだ。この傘は、改めてちゃんと考えると、私が盗んだ傘ということになる。もしかすると、とんでもない秘密の最先端技術が施された試作品の傘なのかもしれない。雨音をまったく立てないという技術のことだ。振り返ると青いクーペが駐車場から県道に左折して入って、向こうへとぐっと加速した。そのまま離陸して雨雲の向こうに隠れて行った。なんの不思議も感じない。あ、そうね、と思った。後から思い返すとびっくりすることだが、あ、そうね、と納得さえしたのだ。貸す予定のCDアルバムには十曲が入っている。あの十曲の曲名を読んだだけで、なんだか泣きそうになったという不思議なアルバムだ。家に帰り、アルバムをバッグに入れて、スニーカーのかかとを床に打ちつけて履く。顔を上げると雨は上がっていた。雲が少し切れたから雲間に青いクーペが飛んでいるのがちらっとだけ見えたんだ。曲名は例えば「打ち上げ花火」であり「サボテンレコード」であり「夜汽車」だ。雲間の青いクーペは宙返りすらやってのけた。

 もちろん嘘八百でございます。

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