宵の口、一廻りした街歩き

 夏はいつからこんなに暑くなってしまったのか。朝早く、まだ気温が30℃になる前に出勤し、日が暮れて少しは気温が下がったかなと思える頃まで、冷房の効いた会社に居続けてから、さて帰るか……とバッグを肩にぶら下げて、エレベーターに乗ると、エレベーター内が最早少し暑い。外に出るための自動ドアが開くときには、覚悟がいる。まだ我慢できないくらい暑ければ、もういちど居室に戻ろうか?作成中の資料はまだまだ未完だから、戻ったらばそれでやることはあるのだ。でも、思ったほどではなかったので駅に向かって歩き始めた。ここのところ、自家用車ではなく電車通勤にしているから、乗換駅ですぐに改札を潜らず、まだ空が黒になりきる前の街を一廻りして見る。飲み屋は、満席とまでは行かないが、そこそこ客がいるようだ。やけに立ち飲み屋が多くなってる。鰻串の立ち飲み屋、焼鳥の立ち飲み屋、などなど。立ち飲みにしたほうが、客の回転が良く、コロナリスクも少ないのかな?と思う。ミンガスの名盤タイトルと同じ名前のジャズ喫茶、古いビルの四階か五階か、もうとっくに無くなったと思っていたらネオンが灯っていた。あるいは別のビルの二階の喫煙可能な喫茶店も、まだあるのか!と思う。前者は以前行ったときにカインド・オブ・ブルーが回った。後者は、70年代と思しきクロスオーバー音楽が流れてた。クルセイダーズとか、そんなのが。そんなふうに店が残っているのに驚いてしまうことがある一方で、以前は駅から一廻り、数百メーターの中に4軒あった古本屋は一つもなかった。以前と書いたのは10から20年くらい前のことです。買った本、例えば小沼丹、小川國男、辻邦生永井龍男。まだ海外旅行が簡単ではなかった頃のヨーロッパを舞台にした短編には、異邦人の戸惑いと緊張と、一方で冒険心に突き動かされるような、そしてそれが、多分当時の日本の常識よりずっと自由、と言うか、個人のやることやれることの制限がぐっと広い、そういう背景から生み出される瑞々しさが短編にも感じられた。それが好きでよく読んだものだった。パリでマロニエの葉を拾って来たが、持ち帰ってわかったのは、東京にもそこここにマロニエがあったということだった、と書いたのは小沼丹だったろうか。一廻りの散歩を終えて帰ることにする。
 写真は自家用車通勤の朝、赤信号で列の先頭になったとき、昇ったばかりの横からの日の光を浴びている、葉がすっかり大人になり勢いよく繁った街路樹。